中山七里 ドクター・デスの再臨

1961年、岐阜県生まれ。2009年「さよならドビュッシー」で「このミステリーがすごい!」大賞を受賞しデビュー。本作は「切り裂きジャックの告白」「七色の毒」「ハーメルンの誘拐魔」「ドクター・デスの遺産」「カインの傲慢 」に続く、シリーズ第6弾。

<6>第二のドクター・デスは現れるのか

公開日: 更新日:

 津賀沼の会見が終わるのを待たず、明日香はテレビのスイッチを切る。憤慨を隠しきれない様子で、真っ暗になったモニター画面を睨みつけている。

 安楽死の法制化自体は、それほど常識外れな話ではない。提案した津賀沼の議員としての資質はともかく、医療問題を政治で解決しようとするのはむしろ正攻法だ。

 だが〈ドクター・デス〉と対峙した明日香はそんな正攻法に懐疑を抱いているらしい。いや、それ以上に犬養に気を使っている。

「あの議員に、終末期の患者を救うつもりなんてありませんよ」

 明日香はこちらに向き直って言う。

「いざ法案を提出する際には自分が党内のイニシアティブを取ろうっていうんでしょうね、きっと」

「腹を立てるのは、そこじゃない」

 犬養は諭すように言う。

「第二第三の安楽死事件が必ず起こるだろうと不安を煽るだけ煽り、おそらく世論を誘導しようって肚だ。あれはバッジをつけたテロリストみたいなもんだ」

 どこの政治家が何を言おうが知ったことではない。だが他人の不幸や揉め事を私欲のために利用しようとする人間には虫唾が走る。

 ようやく憤りが収まった様子の明日香が、犬養に囁きかける。

「犬養さんはどう思いますか。第二第三の〈ドクター・デス〉が現れるっていう仮説」

「仮説なんて大層なもんじゃない」

「それはその通りなんですけど」

 明日香はどこか遠慮がちだった。

「世間の耳目を集めた事件では、必ずと言っていいほど模倣犯が現れますよ。〈ドクター・デス〉の場合は例外なんですか」

「安楽死には最低限の医療知識が必要になる。使用する薬剤にしても、町のドラッグストアで気軽に購入できるものじゃない。模倣犯になるにはハードルが高過ぎる」

 口にしてから違和感が残った。安楽死はそれ自体が専門的な医療行為になる。結果的に殺人であったとしても患者に苦痛を与えないことが大前提となる。従って〈ドクター・デス〉の模倣が簡単でないのは自明の理だ。

 しかし犬養はわずかな不安を払拭できない。

 理屈ではなく、実際に〈ドクター・デス〉と対峙した自分たちだから感知できる薄気味悪さが存在する。安楽死を請け負った犯人から狂気は感じられず、むしろ独自の倫理さえ醸し出していた。逮捕されて取り調べを受ける時も毅然とした態度を崩さず、何を恥じるものかと犬養たちと対峙した。犯した行為について全く後悔も反省もしないという態度が徹底していた。尋問する犬養でさえ、どこか清々しさを覚える立ち居振る舞いだった。だから犬養は犯人を心底非難する気にはなれなかったのだ。

 (つづく)

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