中山七里 ドクター・デスの再臨

1961年、岐阜県生まれ。2009年「さよならドビュッシー」で「このミステリーがすごい!」大賞を受賞しデビュー。本作は「切り裂きジャックの告白」「七色の毒」「ハーメルンの誘拐魔」「ドクター・デスの遺産」「カインの傲慢 」に続く、シリーズ第6弾。

<4>政治家の戯言に腹を立てても

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『世の中には、死なせてほしいという人が確実に存在するのです』

 モニター画面の中で津賀沼誠司議員は声高に訴えていた。
『昨年発生した、安楽死を請け負う医療従事者の事件を憶えていますか。犠牲者が連続して出ているのに犯人逮捕が遅れたのは、警察の捜査能力にも問題がありますが、それ以前に被害者自らに被害者意識がなかったからです』

「現場を見てもいないのに、よくもこれだけ好き勝手言ってくれますね」

 刑事部屋のテレビに見入っていた高千穂明日香は、早速津賀沼の言葉に反応する。実際の捜査に携わった者にすれば、外野の意見ほど無責任でいい加減なものはない。横で聞いていた犬養隼人は特に嘆きも憤りも感じない。

「犬養さん、腹が立たないですか」

「政治家の戯言にいちいち腹を立てていたら身が保たん」

 津賀沼は与党国民党の中堅議員だ。大所帯の国民党の中にあって、いくぶん野党寄りの発言をするので鬼っ子扱いされている。はみだし者だから悪目立ちし、言動の度にマスコミが面白がって取り上げる。
『何故被害者に被害者意識がないのか。それは安楽死こそが彼らの願望だったからです。言い換えれば、彼らもそして犯人も安楽死が合法であったのなら犯罪にはなり得なかったし、あれほど注目もされなかった。全ては法整備が不充分であったゆえの悲劇と言えましょう』

「なあにが法整備の不充分よ」

 外野の雑音を無視できないタチの明日香は尚も悪態を吐く。

「どれだけ法律が改正されようが、知恵の回るヤツはいつでも法の網目をすり抜けてひと儲け企むに決まってるじゃない」

 なかなか言うじゃないか。犬養は胸の裡で明日香に拍手を惜しまない。
『既に安楽死はオランダ、ベルギー、ルクセンブルク、スイス、カナダ、アメリカの一部の州で承認されています。未承認の国の患者が安楽死を求めて次々に渡航している状態で、日本も例外ではありません。医療の後進国に住んでいる人間が先進国に治療を受けに渡航するのと一緒です。つまり安楽死に関して日本という国はとんでもない後進国なのです』

 またぞろ諸外国との比較論か。犬養は既視感たっぷりの言説に辟易する。凡庸そうな政治家や底の浅い言論人が決まって使うロジックだ。それぞれの国には異なった宗教があり異なった死生観がある。その相違を無視して論じようとするのは、要するに手前の理屈に都合のいいデータを援用しているだけの話だ。津賀沼のような輩はそれがどれだけ客観的なデータだとしても、自説に不都合な内容であれば平気で無視を決め込む。
『前回、安楽死事件に関与した医療従事者は逮捕され、現在は裁きを待つ身です。しかし法整備が進展しない以上、必ずや第二第三の事件が起きるのは必定なのです』

 (つづく)

【連載】ドクター・デスの再臨

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