スポーツ指導者の心と教え

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「一八〇秒の熱量」山本草介著

 コロナ禍で新人研修もパスしてきたような若手を前に、オジサン管理職世代の嘆きは深い。そこで見習いたいのがスポーツ指導者の心と教えだ。



 37歳までに王座を得なければ引退。その「壁」を目前にしたB級ボクサー、米澤重隆。彼の無謀な挑戦を追ったNHKドキュメンタリーは評判になった。著者はその担当ディレクター。番組で捨てたエピソードから取材者の内面まで克明に描写した力作スポーツノンフィクションが本書だ。

 コールセンターの裏方職員をしながら黙々と試合に臨む米澤。それを支えるのが青木ジム会長・有吉将之と、明るい人柄で周囲を引っ張る小林昭善トレーナー。生活のため体を酷使したあげく敗北。それでもめげない米澤と、ひたすらハッパを掛ける小林は根性タイプか。他方、有吉会長は不思議な人脈でタイやオーストラリア選手とのマッチメークまで実現させる。米澤はミドル級。重いパンチを食らい続ければ引退後に廃人になる懸念もある。格上選手との試合後、「あれだけ殴られた人間にどんなダメージが残るのか、僕は想像さえできない」と著者。しかしこの負け試合のあと、有吉会長は米澤の目をのぞきこんで「次につながるいい試合だったと思うよ」と次をうながす。これは不可能を可能にして部下を奮闘させる「半沢直樹」と同じかも。

 そんな「令和の昭和」を学ぶテキストとしてもイケるのが本書のいいところだ。 

(双葉社 1600円+税)

「どんな男になんねん」鳥内秀晃、生島淳著

 関西学院大学アメリカンフットボール部といえば大学アメフト界きっての強豪。日大アメフト部員が監督らの圧力で暴力的な反則行為を犯したとき、その謝罪を真摯に受け止めたのも関学アメフト部だ。

 本書はその指導者の実像を伝える語り下ろし。発売後まもなくから評判になり、たちまち重版出来の話題作でもある。

 自身、アメフトに明け暮れた関学生時代の思い出やその後も興味尽きないが、やはりキモはいまどきの若者の育て方。それは選手自身に考えさせること。特に上級生には「下級生に『あの人は変わった』と言われるように、いい手本になってください。それができへんようなら辞めてくれ」と言うてます、とのこと。「ユニフォーム着て、試合に出る。そんなことに価値はないよ」と。「『スポーツは根性や!』言う人がいまだにおるけど、それって学生に失礼やで」と語る著者の本業は製麺会社の社長サンだ。

(ベースボール・マガジン社 1700円+税)

「大谷翔平『二刀流』の軌跡(ルーツ)」小林信也著

「二刀流の怪物」大谷翔平。しかし本当に「怪物」なのは単に素質や能力だけでなく、白球一筋でほかに目もくれず、しかも周囲の人までほがらかにするあの笑顔のことではないか。

 あれこそ小さいころから環境に恵まれたことの証しだろう。

 大谷はみずから望んで硬式でプレーするリトルリーグを希望した。「水沢リトル」の練習場は家から遠かったが、両親のサポートとリトルの指導者にも恵まれた。少年野球でも素質ある子の未来を見ず、勝利を求めて成長期の体をこわす指導者は少なくない。しかし「盗塁禁止」「変化球あり」のアメリカン・リトルリーグのルールは合理的。それを徹底して守り、大谷の素質は順調に開花したのだ。

 本書は大谷少年の成長記と水沢リトルとその代表・浅利昭治の歩みをたどったスポーツノンフィクション。浅利自身も岩手の高校野球部出身。40歳まで地元の社会人リーグで現役をつづけ、その後友人の助力を得て水沢リトルを創設。怒らず、褒めて育てるその歩みには学ぶところが多いだろう。

(マガジンランド 1364円+税)

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