中山七里 ドクター・デスの再臨

1961年、岐阜県生まれ。2009年「さよならドビュッシー」で「このミステリーがすごい!」大賞を受賞しデビュー。本作は「切り裂きジャックの告白」「七色の毒」「ハーメルンの誘拐魔」「ドクター・デスの遺産」「カインの傲慢 」に続く、シリーズ第6弾。

<8>母が安楽死を依頼したかもしれない

公開日: 更新日:

〈2〉

 下谷署にその通報があったのは三月十五日午後六時十四分のことだった。
『母親がネットを通して、誰かに安楽死を依頼したみたいなんです』

 電話の声は幼さの残る女の子のものと見当がつく。通報を受けた担当者は、ああまたかと思った。医療従事者が安楽死を請け負った事件が報道されてからというもの、この手の通報が急激に増えた。安楽死事件に限った話ではなく、世間の耳目を集めるような重大事件が起きた時は大抵似たような通報が殺到する。マスコミ報道に踊らされて自身も被害者ではないのかと疑心暗鬼に陥る者や、騒ぎに乗じて悪ふざけをする者が後を断たない。世の中にはこんなにも暇人が多いのか、それとも悪ふざけでしか社会と接点を持てない人間が増えたのか。

 市民の声に耳を傾けるのも警察の仕事だが、迷惑行為を事前に止めさせるのも重要な仕事の一つだ。

「あのね、お嬢さん。偽計業務妨害罪って知っていますか」
『いいえ』

「警察や消防署とかにイタズラ電話すると、適正な業務を妨害して悪質と判断された時は三年以下の懲役または五十万円以下の罰金という法律があるんです。お嬢さん、三年も牢屋に入れられるなんて嫌でしょ。もう、こんな電話してこない方がいいですよ。それに、現実に家族を安楽死させたことで世間からこっぴどく責められているじゃないですか。そんな時にこういうイタズラ電話をするのはとても褒められたことじゃないと思いますよ」
『イタズラ電話じゃありません』

 女の子の声に怒りが混じっているのを聴き、おやと思う。イタズラ電話ならこの段階で一方的に切るはずだ。

「事情、詳しく話せますか」
『ウチのお母さん、ALSに罹っていて……ALSって分かりますか』

「確か難病の一つですよね」
『ずっと寝たきりだったんです。それでさっきわたしが学校から帰ってくると、もう息をしていなくて』

「待って。お医者さんか消防署にはもう連絡したんですか」
『しました。でも、普通に病気で死んだようには思えないんです。留守中に誰かが家の中に入った形跡があるんです』

「戸締りはしていたんですか」
介護サービスの人が来るからって、今日だけ鍵はしていなかったんです』

「じゃあヘルパーさんが来たんじゃないですか」
『連絡したら、今日は訪問予定じゃないと言われたんです。それにお母さんが用意していた現金二百万円もなくなっているんです』

 (つづく)

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