著者のコラム一覧
北上次郎評論家

1946年、東京都生まれ。明治大学文学部卒。本名は目黒考二。76年、椎名誠を編集長に「本の雑誌」を創刊。ペンネームの北上次郎名で「冒険小説論―近代ヒーロー像100年の変遷」など著作多数。本紙でも「北上次郎のこれが面白極上本だ!」を好評連載中。趣味は競馬。

「追憶の東京」アンナ・シャーマン著 吉井智津訳

公開日: 更新日:

 河竹黙阿弥が書いた「慶安太平記」は、江戸時代初期、幕府転覆を企てた丸橋忠弥の物語だが、その忠弥の生きていた時代には目白から江戸城の屋根が見えたという。なぜ目白かというと、この町の金乗院に丸橋忠弥の墓があるからだ。

 アンナ・シャーマンは、その忠弥の目で目白から江戸城の方角を見る。それまで建てられた建造物のなかで随一の高さを誇っていたころの江戸城が、私たちにも見えてきそうだ。

 本書は、2000年代初めの10年あまりを東京で過ごした英国在住作家のエッセー集である。江戸時代には時を告げる鐘が幾つもあり、その地を探して歩く紀行エッセーでもあるが、私たちが忘れてしまった東京の町があちこちから立ち上がってくる。

 最初、江戸には時を告げる鐘が3つしかなかったが、人口が増え、江戸の町が大きくなるにつれて、鐘の数は増えていく。著者はこう書いている。

「これらの鐘が時を知らせたおかげで、城下の町は、いつ起きて、いつ眠り、いつ仕事をし、いつ食事するかを知ることができた」

「それぞれ鐘の音の届く範囲が示された地図を見たことがある。静かな池に雨粒が落ちたように、円がつぎつぎ重なりあう。水面を打った瞬間に凍りついた雨粒」

 素晴らしいイメージだ。

 本は急いで読む必要はない。ゆっくりと読む楽しさを教えてくれる書でもある。

(早川書房 2200円+税)

【連載】北上次郎のこれが面白極上本だ!

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    白鵬のつくづくトホホな短慮ぶり 相撲協会は本気で「宮城野部屋再興」を考えていた 

  2. 2

    生田絵梨花は中学校まで文京区の公立で学び、東京音大付属に進学 高3で乃木坂46を一時活動休止の背景

  3. 3

    武田鉄矢「水戸黄門」が7年ぶり2時間SPで復活! 一行が目指すは輪島・金沢

  4. 4

    佳子さま“ギリシャフィーバー”束の間「婚約内定近し」の噂…スクープ合戦の火ブタが切られた

  5. 5

    狭まる維新包囲網…関西で「国保逃れ」追及の動き加速、年明けには永田町にも飛び火確実

  1. 6

    和久田麻由子アナNHK退職で桑子真帆アナ一強体制確立! 「フリー化」封印し局内で出世街道爆走へ

  2. 7

    松田聖子は「45周年」でも露出激減のナゾと現在地 26日にオールナイトニッポンGOLD出演で注目

  3. 8

    田原俊彦「姉妹は塾なし」…苦しい家計を母が支えて山梨県立甲府工業高校土木科を無事卒業

  4. 9

    藤川阪神の日本シリーズ敗戦の内幕 「こんなチームでは勝てませんよ!」会議室で怒声が響いた

  5. 10

    実業家でタレントの宮崎麗果に脱税報道 妻と“成り金アピール”元EXILEの黒木啓司の現在と今後