「何者かになりたい」熊代亨氏

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「自分は何者になりたいのか。分からないから、関心のおもむくまま趣味やバイトの日々を過ごし、正業につくのを先延ばしにする若者をかつてモラトリアム世代と呼びましたよね。私は若い頃、大先輩の精神科医・小此木啓吾氏が書かれて大ヒットした『モラトリアム人間の時代』を自分の成長戦略のヒントにさせてもらいましたが、1978年の出版なので、さすがに今の時代には合わない部分も出てきました。もっとも若者が何者かになりたいと悩むのは、今も昔も同じ。人生の傾向と対策をアップデートさせなければと思い、この本を書きました」

 著者も精神科医だ。本書では「何者かになりたい」願いと「何者にもなれない」悩みを「何者問題」と呼ぶ。現在の若者が置かれた状況を明示し、何者問題の分析と解決策の考案を行った本である。

「今の若者は、中学生のときから『職業体験』をさせられ、大学に入るとすぐに就職を考えろと言われます。結果、バイトも趣味も、将来つく仕事のとっかかりになるものを選ぶんですね。彼らにとっては、することなすこと一続きのキャリアになってしまっているんです。『あれかこれか、選択を強要されるプレッシャーがずっとある』とこぼす若者も多いんですよ」

 今の若い世代のありようは、良く言えば、キャリア形成に積極的。悪く言えば、計算高い。いずれにしても、モラトリアムと呼べるふわふわとした時間を過ごす時間を持たされないまま大人になり、「何者か」になっていくよう社会に期待されるのだ。

■SNSでキャラを盛ると自分が何者か分からなくなる

「昔と違っていることといえば、今、オンラインのつながりが大きな影響力を持つのはご承知の通りです。自分がSNSに投稿して『いいね』がつき、フォロワーが増えると、満たされた気分になります。自分の投稿が多くの人に支持されているのだから、それ自体がアイデンティティーの一つだと勘違いしがちなんですね。高じて、もっと褒められたいから、投稿の表現を盛ったり、キャラを盛ったりしてしまう人も少なくないんです。やがて、本当の自分と投稿している自分にギャップが出てきて、かえって自分が何者なのか分からなくなってしまう……。昔なら、あり得なかった現象ですよね」

「何者かになりたい」とは、「アイデンティティーを獲得したい」ということだ。本書にはその処方箋の一つとして、自分のアイデンティティー構成図を書くことが紹介されている。

 自分を真ん中に置き、周囲にアイデンティティー、つまり「自分はこういう人間である」という自分のイメージを構成する要素を書く図だ。学生なら、自分が通っている学校、バイト先とそこのメンバー、あるいは特定の音楽グループ、ギター、ガールフレンドなどが挙がってくるだろうか。

「ある程度長続きしているものを挙げなくてはなりません。学校にしろバイト先にしろ、初めは違和感だらけでも、慣れて気に入ると、アイデンティティーの一部に変わってくるんですね。ただし、若者はアイデンティティーを取捨選択する時期なので、いくつかは自分の構成要素ではなくなり、他のものと入れ替えられていきます」

 同様に、中高年世代も自身のアイデンティティー構成図を書いてみようと著者は言う。例えば、会社に勤めていて家庭もあり、趣味は登山とスキーとそば打ちという男性ならそう書いてみるべしと。

「自分が大切に思ってきた組織やグループの解散のときがいずれやってくることを頭に入れて、一つ一つの構成要素の点検を行ってみてほしいですね。メンテナンスや補強を行ってみたり、ものによっては他のものとの入れ替えを考えてみてください」

 何者問題は、中高年にとっても他人事ではないのだ。

(イースト・プレス 1650円)

▽くましろ・とおる 精神科医。1975年生まれ。信州大学医学部卒。専攻は思春期/青年期の精神医学、特に適応障害領域。「『若作りうつ』社会」「『若者』をやめて、『大人』を始める」「健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて」など著書多数。

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