「落語に学ぶ粗忽者の思考」立川談慶氏

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「最近、みなさん疲れているんじゃないかと思うんですよね。『とにかく稼げばいい』という風潮が強くて、社会の枠組みから外れた人は、生きづらい方向へと押し出されています。でも、江戸時代が舞台の古典落語には、そんな“はみ出し者”がいっぱいいて、彼らでも息苦しくない社会だったんです。そんな落語の中のはみ出し者や周りの人々の了見(考え方、心のあり方)から、心穏やかに生きていくヒントを見つけてほしいと、筆を執りました」

 落語家だけでなく、小説家としても活躍する著者の最新刊は、落語の中の粗忽者に学ぶ、いわば「肩の力の抜き方」本。サラリーマンによくある悩みを「人との関わり方」「自分の許し方」「仕事の考え方」など5ジャンルに分けて取り上げ、落語的視点からのモノの見方を提示、参考になる噺も一緒に紹介していく。

 著者は落語家になる前、サラリーマンを3年間、経験。さらに立川談志に入門してからは、平均3~4年の前座修業に9年半も費やしたといい、ある意味、著者自身がサラリーマンのつらさを知る“粗忽者”なのだ。

「粗忽者とは、慌て者、そそっかしくて失敗ばかりしている落語の登場人物で、名前もありません。ほかにも、パッとしない男の代名詞である八つぁんや熊さん、バカでのんきとされるのが与太郎、権助は鈍い男……と、落語の世界にはダメ人間が大勢います。彼ら粗忽者の魅力は、さっぱりしている気質ですね。小言がすぐ気化しちゃって、翌日にはけろっとしている。狭くて人の多い江戸の町では早く行動することが善だったから、周りも粗忽で多少の失敗は大目に見たんです。たとえば『粗忽の釘』では、自分の家の壁に釘の先を突き抜けさせた男に対し、『あなたみたいな人が来ると、この長屋も楽しくなりますな』とフォローする。他人を排除しない、大変な度量の広さです」

 そんな落語の世界の寛容な人々、粗忽者たちの現代人の悩みに対する捉え方がふるっている。たとえば最近多く聞かれる「職場やSNSの人間関係に疲れている」に対しては、「疲れていると自覚できる自分自身の感性を高く評価せよ」と回答。人間関係の疲れを察知できるのは感受性が鋭敏である証拠。また日常的な「気疲れ」(心遣い)が、「大きな気疲れ」(トラブル)の防波堤になっていると教える。

 他にも「的外れなことばかりして空回りする」という悩みには、「ズレた人の存在があるから人類は進歩する」など、クスッと笑えて元気が出るアドバイスが並ぶ。まるで八つぁんや熊さんたちの「そう思いつめなさんな」との声が聞こえてくるようだ。

「落語の演目は300以上ありますが、登場するキャラクターは多種多様。その人たちをすべて許すような、おおらかさが落語の魅力のひとつです。粗忽者たちも自分をゆるす術を心得ている。ときには『人のせい』を上手に使いこなし、ときには開き直る。そして誰かを責めすぎず、自分のことも責めすぎない、ある種の“ゆるさ”があるんですね。粗忽者を見習って開き直ろうと言いたい。私もダメだけどあなたもダメなんだよね、って(笑い)。大体、人間なんてそそっかしくてしくじるもんですよ。そう思えば社会も緩やかになるんじゃないでしょうか」

 最近、著者は現代に「これは!」と思う粗忽者を見つけたという。

「先日、横綱に昇進した照ノ富士です。粗忽者というか“鈍”でのんきな与太郎ですね。彼は大関から序二段まで落ちたのに諦めず、鈍感力で突破した。私が想像するに、親方や周囲が『大丈夫だ』と応援して、本人も素直に『そうか、俺大丈夫だ』と信じたのでは。典型的な粗忽者ですよ。そのそそっかしさが彼自身を救ったんですね」

 巻末には気持ちがふっと楽になる落語10選も掲載。読めば、元気になること間違いなしの一冊だ。

(WAVE出版 1540円)

▽たてかわ・だんけい 1965年、長野県生まれ。慶応義塾大学卒業後、3年間のサラリーマン生活を経て、91年、立川談志の18番目の弟子として入門。2000年に二つ目、05年に真打ち昇進。著書に「なぜ与太郎は頭のいい人よりうまくいくのか」「花は咲けども噺せども 神様がくれた高座」ほか多数。

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