読書の秋にお薦め 文庫エッセー特集

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「ソロキャン!」 秋川滝美著

 暑さにもようやく陰りがみえはじめ、いよいよ読書の秋の到来だ。とはいっても、夏の暑さに溶けかかった脳みそで大作や巨編に取り組むのはまだ気が引ける。そこで今週は、手軽に読み進められながらも、中身は濃い、文庫で読めるお薦めのエッセーなどを紹介する。

◇ ◇ ◇

 大手スーパーに勤務する千晶は、2年前に商品開発部に異動。食べることが大好きな千晶にとっては願ってもない職場だが、千晶の提案するプロジェクトは商品本部次長の比嘉に難癖をつけられなかなか商品化できない。そんなストレスを抱えながら仕事に励む千晶は、上司の鷹野に勧められ、学生時代に趣味だったキャンプを再開することに。

 当時のギアは友人らに譲ってしまったのでまた一から揃えなければならないが、お金はそんなにかけられない。テントや寝袋はどうしても値が張るので、その他のものは100均で使えるものを探してみることに。まずは固形燃料を利用するミニコンロと鉄板がキャンプ場でも使えるか試すために実家の庭でミニステーキを焼いてみる。

 流行のソロキャンプをテーマにした小説。道具の揃え方からたき火の魅力、そして絶品キャンプ料理のレシピまで。キャンプテクニックが満載。

(朝日新聞出版 781円)

「万葉学者、墓をしまい母を送る」上野誠著

 13歳で体験した祖父の死から母親の看取りまで、43年間の体験を振り返りながら、死と墓について考察したエッセー。

 祖父の仮通夜の席で、親戚の男たちが集まり焼香の順番などを巡り延々と続いた葬儀の算段、同じころ台所で繰り広げられる女たちの覇権争いなど、出身地・福岡の習俗も含め、今も鮮明に覚えているその日のことをつづる。中でも、翌朝、男たちが寝ている間に祖母と母と3人で死者を風呂場に連れていき「湯灌」した体験は強烈な記憶として残った。そのときの祖母や母の振る舞い、なぜ男たちが寝ている間にするのか。当時は分からなかった湯灌という儀礼の意味を解き明かしていく。さらに実家の巨大な墓の解体や、兄の病死を機に母を故郷から引き離し、自分が暮らす地に連れてきての介護とその死まで。その時々の自らの心情を赤裸々に明かすとともに、研究者の視点から日本人の死の思想についても言及する。

(講談社 682円)

「世界はフムフムで満ちている」金井真紀著

 自らの仕事に真摯に取り組む市井に生きる達人へのミニインタビュー集。

 海のなかで互いの命を預け、預かる海女たち。鉄の鉄則を誇る海女業界に秘密がひとつだけある。全員が自分の「たんす」を持っているというのだ。それは仲間には教えない、自分だけの漁場。獲物が少なかった日は「ちょっとたんすに行ってヘソクリ引き出してくるわ」と仲間と別れ、ひとりでたんすに向かうという。

 15歳で石工の見習になった人は、現場では下に見られ、作るものも建物の土台や玄関など踏まれるものばかりの仕事が嫌で嫌でしかたがなかった。必死でお金をため19歳でパリ、凱旋門の下に立った。凱旋門を造った石工の名前など残ってなかったが、その鑿の跡を見ると、自慢しているのがわかった。「わしがしたいんはこういう仕事じゃ、思た」。それから半世紀、石工の指は太くなった。

 他にも気象予報士や緊縛師、似顔絵捜査官など100人の達人たちの話に耳を傾ける。

(筑摩書房 858円)

「面白くて眠れなくなる解剖学」坂井建雄著

 医学や歯学の教育・研究のために行われる人体解剖の実際を紹介するメディカル・エッセー。

 提供された遺体の保存処理の方法から、医学生による解剖実習の詳細を順を追って解説。

 実習初日、学生はなかなか遺体にメスを入れることができない。しかし、教員に促されて意を決してメスを入れると、不思議なことに体の中の世界へすっと入っていく感覚に包まれるという。その構造の見事な世界に目を奪われ、人間の体に触れている感覚が次第に薄れ、科学の対象としての解剖体へと変貌していく。そして献体は3カ月かけてバラバラにされ、最後は解剖台の上に頭蓋だけが残る。

 終了後、学生の手で納棺後、ひとつひとつの棺の上に故人の名前を記した札が置かれ、その人の名を初めて知った学生たちは自分たちが解剖してきた解剖体が名前を持つ一人の人間であることを改めて強く感じる。

 解剖学の歴史から、人体構造の不思議まで、多くの人が立ち入ることができない世界を案内。

(PHP研究所 858円)

「鬱屈精神科医、占いにすがる」春日武彦著

 精神科医として臨床に携わってきた著者だが、物心がついて以来「不安感と不全感と迷い」に精神が覆い尽くされた状態で、心の底から笑ったことなど一度もなかった。

 還暦を前に、微妙な不快感や敗北感や屈辱感がそのまま大きな不幸の予兆に思えてきた。しかし、それは専門医としてみれば、うつ病などの類いではないことは明確だ。同業者に悩みを打ち明けるのも気が進まず、悩んだ末に行きついたのは占いだった。自分が陥っている苦境の理由を単純明快に説明してくれるのではないかと期待を抱き、5人の占い師を訪ねた記録である。

 評判がよさそうな池袋の女占い師に予約。現れたのは同年齢と思われる普通のオバサンだった。医者であることを明かし、問われるまま自らの苦しみを吐露していくうちに、不意に視覚がゆがみ、気がつくと嗚咽していた。ここ30年も泣いたことなどなかったのに……。

 数年をかけ5人の占い師を訪ねたその詳細と、その時々に自らと向き合った葛藤をつづる。

(河出書房新社 968円)

【連載】ザッツエンターテインメント

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