才覚や器量が武器 最新時代小説特集

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「天海」三田誠広著

 同じ時代を生きていても、身分や立場が異なれば見える世界も目指すものも違う。才覚や器量を武器に、戦乱の世や太平の世をしたたかに生き抜いた人たちの物語。



 天台宗の修行僧、無心随風(後の南光坊天海)は足利学校で学び、儒学や歴史、兵法の知識をもっていた。明智光秀の比叡山焼き打ちに遭い、山を下りて、石山本願寺に招かれていた前関白の近衛前久を訪ねた。随風に、「誰が天下の統一をなすと言われるのか」と問われて、前久は、織田信長に天下を治める器量はないと答えた。信長には弱さとずるさが欠けている。その2つをもっている武将として徳川家康を挙げた。

 随風は浜松城に出向いて家康と対面した。年は30歳前後に見える。若い。「家康殿の評判を伝え聞いて、信玄を相手にどのような戦をされるか、見物に参った」と言う随風に、国衆に臆病者とみられるのを恐れた家康は、籠城せずに打って出ると答えた。おのれを見失っている、天下を取る器ではないと随風は見たのだが……。

 徳川3代を支えた謎の僧を描く歴史小説。

(作品社 2860円)

「号外!幕末かわら版」土橋章宏著

 かわら版屋の銀次と絵師の歌川芳徳は、黒船が来たという話を聞いて浦賀に向かう。大砲を備えた巨大な船に驚き、かわら版に載せようとするが、既に同業の大和屋が黒船の絵をかわら版に載せていた。だが、その絵は「オランダ風説書」の絵を描き写したものらしい。そこで、黒船のおどろおどろしさを伝えようと、船首には鬼を、船尾にはヘビを描いたら飛ぶように売れた。

 翌年、再び黒船が来航。銀次と芳徳がこっそり黒船に忍び込むと、アメリカに密航しようとしていた吉田松陰と出会う。松陰は銀次に、庶民が正しい情報を知ることの重要さを教える。ペリーらの似顔絵が載ったかわら版を見て、幕府の応接掛、林大学頭は卒倒しそうになった。なぜ、かわら版屋がペリーの顔を知っているのか。

 激動の時代に、報道の使命に目覚めたかわら版屋の物語。

(角川春樹事務所 1760円)

「敵は家康」早川隆著

 三河国矢作川の谷間にある陰に生まれた河原者の弥七。彼らを迫害する悪童や大男と戦ったとき、鋭く削った石を投げて大男を殺してしまい、盗人崩れの「ねずみ」と逃げ出す。蚕小屋で働く「おこと」に助けられ、「ねずみ」の盗人仲間を頼って駿府へ向かった。

 口入れ屋の藤右衛門の手引きで、今川氏の城、沓掛城の土木工事を担当する黒鍬者にまじって働くことに。やがて2人はいっぱしの黒鍬衆として認められるようになる。だが、松平元康(後の徳川家康)が駿府の今川義元と談合を行うと、大高、鳴海、沓掛の3城の動きが慌ただしくなったことに、織田の重臣、佐久間大学が目を留める。

 泥の中を這いずりまわりながら人に蔑まれる河原者から身を起こし、後に突撃隊を率いて松平軍と戦った男の目で戦国時代を描く。

(アルファポリス 1980円)


「クリ粥」山本一力著

 東北が凶作となった天明8(1788)年は東北の冷害で凶作となった。木兵衛店に住む疾風駕籠かきの新太郎と尚平も仕事が減っている。桶職人の鉄蔵に呼ばれて行ってみると、床に伏せっている鉄蔵が、2人を雇いたいと言う。枕の下に隠してあった布袋を渡され、もう何日ももたないからその蓄えを使って、クリ粥を食べさせてくれと。

 布袋の中身は一貫文足らず。しかも師走に近いこの時期にクリなどあるのか。高橋市場の仲買の元締のところならあるかもしれないと言われたが、やはりなかった。てきやの元締も訪ねてみたが、そこにもない。千住の青物問屋に残っているかもしれないが、「御城大膳部御用達」で、とにかく頭が高い。30両なら売ると言うが……。

 引き受けたことを果たすために江戸の町を走り回る2人の駕籠かきの物語など2編。

(祥伝社 1980円)

「はぐれ鴉」赤神諒著

 豊後国竹田藩城代、山田嗣之助の屋敷が何者かに襲われた。幼い次郎丸は、父と爺が叔父の玉田巧佐衛門に斬り殺されるのを目撃する。母や姉、兄も殺されたが、瀕死の爺に教えられ、次郎丸は三佐の湊に逃げてひとり生きのびる。

 14年後、次郎丸は山川才次郎と名を変えて、竹田に戻ってきた。竹田城下に向かう峠道で、荘厳な調べを口ずさむ娘に出会う。碧みがかった瞳の娘に、才次郎は胸をときめかせる。

 剣術指南役として竹田藩に入りこんだ才次郎は家老の三宅から、城代の玉田が地位も名誉も金も望まず、「はぐれ鴉」と呼ばれていることを聞く。才次郎は、藩内で最強の女剣士で、竹田小町と呼ばれる玉田の娘、英里と立ち合いをすることになるが、それは峠道で歌っていたあの娘だった。

 父の仇の娘に恋をした男の復讐を描く。

(集英社 2200円)

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