「祈り」藤原新也著

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 1969年、大学生だった著者は日本を出てヨーロッパ、中近東を経てインドを旅する。その体験をつづった写真紀行「インド放浪」は、後に続くバックパッカーのバイブルとなった。

 以後、写真家として、そして作家、画家、書道家として世界、そして時代と向き合い続けてきた氏の半世紀を超える軌跡をたどった写真集。

 2010年、氏は「たった一回の短い人生。死んだがごとく生きるな」との意を込め「死ぬな生きろ」の書を揮毫。同時代を生きる日本人への喝とも、エールともとれる力強いその書が渋谷スクランブル交差点を見下ろすデジタルサイネージに映し出された直後、東日本大震災が発生。「死ぬな生きろ」の願いはその意味に変化をきたす。

 書が掲げられたその渋谷スクランブル交差点の写真をはじめ、月光に浮かび上がる被災直後の石巻の風景や、コロナのパンデミックによる緊急事態宣言直後で人の気配が消えゴーストタウン化した東京の街の風景などの作品がプロローグのように巻頭に配される。

 そんな現代の日本からタイムトラベルするかのように、舞台は一転して1979年のトルコへ。

 ギリシャからボスポラス海峡を経てたどり着いたイスタンブールで、行き交う船ごしに見える吹雪に煙る巨大なモスクに出迎えられた青年は、野犬の遠吠えやモスクから流れてくる祈りの言葉に耳を傾けながら、「わたしの大地」でもある「東洋」にやって来たことを実感する。

 トルコの街中で出会った働く男たち、野犬や街角につながれた使役のための馬、そして娼婦かショーガールなのか肌もあらわな女性たちなど、当時の作品が並ぶ。

 続くのは、著者の原点でもあるインドの点景だ。

 華やかな伝統衣装をまとった女性たち、聖なるガンジスで自らを清めるおびただしい数の人、群衆の中を縫うように人を乗せて進むゾウ、1960年代から70年代にかけてのインドだ。

 中には「ニンゲンは犬に食われるほど自由だ」との言葉とともに当時の日本社会に衝撃を与えたあの作品もある。

 川岸に流れ着いた水葬死体を野良犬たちがむさぼり食う写真だ。他にも生と死の境がなく隣り合うインドの日常を切り取った写真が続く。

 日本の常識の中で生きていた当時24歳の青年は、はじめは違和感を抱いたが、毎日その光景を見ているうちに、それが自然な光景のように見え始めたという。

 そして「生きることは死ぬこと、死を意識することはよりよく生きること」だと心に刻む。

 その「発見」を胸に秘め、著者の旅はその後も、チベット高原や台湾、香港、韓国、アメリカ、パリ、そして故郷である門司港へと続く。

 他にも、引退直後の山口百恵さんや香港の民主活動家・周庭さんら時代の人のポートレートと人物ルポなども収録。

 それぞれの手のひらの中のともしびが集まれば全土を照らすという説話のように、世界を変えるために「小さな祈り」を込めてカメラを武器に現実と向き合ってきた著者の旅は、まだこれからも続く。

(クレヴィス 2970円)

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