「羽化 藍にいな作品集」藍にいな著

公開日: 更新日:

 著者は、YOASOBIのデビュー曲「夜に駆ける」をはじめ、山下達郎やHey!Say!JUMPら人気アーティストのミュージックビデオなどを次々と手がけるアニメーション作家。それだけにとどまらず、イラストレーターとしても、広告や本の装画、ファッションコラボなど、幅広く活躍している。

 その著者のこれまでのクライアントワークをはじめ、オリジナルイラストレーションや描き下ろしの最新作などを集成した作品集だ。

 ページを開くと、さまざまなタイプの若い女性のイラストがまず目に飛び込んでくる。

 ある登場人物は、目に涙を浮かべながら、まるで液体の上にいるかのような場所にうつぶせに横たわり、その体の鋭利な刃物で切り付けられた傷口のような亀裂からも緑色の液体が湧き出ている。

 かと思えば怒りなのだろうか、炎を連想させる赤いオーラを背中から噴き出す少女がいる。オーラは天使の羽のようでもある。表紙にもなっているその少女は、こちらをまっすぐな瞳で見つめるが、作中で同じポーズの少女は一転、もの思うような静かな表情で目を閉じ、諦観しているかのようにも見える。

 さらに渋谷や新宿の道端に座っているかのようなファッションでこちらを見上げ、見つめる少女など。どの登場人物も、少女と呼ぶにも、大人の女性と呼ぶにもぴったりとこない不安定さとはかなさを併せ持ち、タイトル通り、羽化する寸前の女性たちなのかもしれない。

 ある程度の年齢を重ねた読者には、その作品にどこか昭和の少女画のテイストを感じるかもしれない。

 しかし、無垢な瞳が印象的なそれらと一線を画すのは、登場人物たちのまなざしだ。静謐な画面とは対照的に、その瞳は多くのことを冗舌に見るものに語り掛けてくる。

 多くのアーティストが著者の作品に魅せられるのも、登場人物の瞳や手などによって語られる感情表現のようだ。

 作品の提供を受けたバンド「マカロニえんぴつ」のはっとり氏は、著者の作品を評して「本物の感動は“貫通”します。体に残るほど鈍くない。だから野暮な理屈や理解を並べる間もなく興奮したり涙が溢れたり、思わず笑っていたりするのです。(中略)藍にいなさんの生み出す感動はそんなイメージです」と本書へのメッセージで語る。

 各ミュージックビデオのアニメーション制作や、キャラクターデザインの過程がわかるメモ書きが入ったラフスケッチや、学生時代の親友同士の久しぶりの再会を描く新作漫画なども収録され、著者の作品世界の現在地に触れられる。

 著者自身もまだ「さなぎの殻の中にいるのか、羽を持って外に飛び出すことが出来たのか、分からない」と語る。きっとこの先も新たな世界や表現を求める著者の「羽化」は何度でも起きることだろう。

(芸術新聞社 3080円)

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    ドジャース佐々木朗希に向けられる“疑いの目”…逃げ癖ついたロッテ時代はチーム内で信頼されず

  2. 2

    ドジャース佐々木朗希の離脱は「オオカミ少年」の自業自得…ロッテ時代から繰り返した悪癖のツケ

  3. 3

    注目集まる「キャスター」後の永野芽郁の俳優人生…テレビ局が起用しづらい「業界内の暗黙ルール」とは

  4. 4

    柳田悠岐の戦線復帰に球団内外で「微妙な温度差」…ソフトBは決して歓迎ムードだけじゃない

  5. 5

    女子学院から東大文Ⅲに進んだ膳場貴子が“進振り”で医学部を目指したナゾ

  1. 6

    大阪万博“唯一の目玉”水上ショーもはや再開不能…レジオネラ菌が指針値の20倍から約50倍に!

  2. 7

    ローラの「田植え」素足だけでないもう1つのトバッチリ…“パソナ案件”ジローラモと同列扱いに

  3. 8

    ヤクルト高津監督「途中休養Xデー」が話題だが…球団関係者から聞こえる「意外な展望」

  4. 9

    “貧弱”佐々木朗希は今季絶望まである…右肩痛は原因不明でお手上げ、引退に追い込まれるケースも

  5. 10

    備蓄米報道でも連日登場…スーパー「アキダイ」はなぜテレビ局から重宝される?