「忘却の海」内倉真一郎著

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「忘却の海」内倉真一郎著

 写真家の著者が暮らす宮崎県の町の海水浴場は、清掃が行き届き、美しいビーチが続く。しかし、そこから離れた海辺には、漂着物や不法投棄物が打ち捨てられ、正反対の世界が広がっているという。

 かつては誰かのモノだったり、命が終わった生き物の死骸など、波にもまれ、強い日差しにあぶられて変容した、そうしたひとつひとつの残骸を集め、その最後の姿を撮影した、いわば「ゴミ」のポートレート集。

 弦がはずれ、胴体に穴があいたバイオリン、猛禽類を連想させるカラスよけのオブジェ、ダメージを受けすぎてボロ雑巾のようになったジージャン、8時13分で止まったままの腕時計など。

 かつて「誰かが作り、誰かの手元にあり、波とともに砂浜へ」たどりつき、実用という意味を失いゴミという名前で統一された品々が、ひとときの命を与えられて、モノクロの画面に定着され、永遠に時が止まったまま記録される。

 バイオリンや腕時計などの単体をポートレートのように撮影した作品だけでなく、それぞれを組み合わせたコラージュアートのような作品もある。

 女性の目元が描かれた美容品のパッケージの成れの果てに空き缶と星の先が欠けたヒトデ、選挙用なのか人の顔が大きく写ったポスターにビデオテープ、足が曲がった椅子とその背もたれから顔を出す小さな花々、犬のぬいぐるみの腹を突き破って出てきたかのようなホースや漁網らしきものなど。

 現役時代は脈絡のなかったモノ同士が、偶然にもこの海で出合い、著者のたくらみによって有機的につながり、回路が発生したかのように、新たな形を与えられ、見る者の想像する心を刺激する。

 曲線が美しい花瓶の割れた胴体の中に、砂や枯れ枝にまじって空き缶が垣間見え、造花なのだろうかバラのような花が添えられた一枚などは、官能のかおりが立ち上ってくるようだ。

 続くページの主役は本らしいのだが、女性の顔が切り裂かれ、その隙間からまた同じ顔がこちらをのぞいていたり、別の作品では砂の中から人形の小さな手だけが出ているなど、ホラー風味の作品もある。

 また、ベールに包まれた壊れた壁掛け時計の次のページでは、現役時代はさぞ美しかったであろうことが想像されるスパンコールで装飾されたハイヒールの片方だけが写っている。思わず、これまで誰も知らなかったシンデレラの別の物語が始まるような気分になってくる。

 作品を眺めているうちに、もはやゴミという意識は失われ、そこに意味を見いだそうとしてしまう。

 海辺に広げた白い布の上に被写体をのせ、太陽光だけで写したという作品は、波に洗われたその時間の経過をそのまま伝える。

 見つめれば見つめるほどに、各作品に刺激され、身の回りのモノに込められた思い出にはじまり、その行きつく先のゴミ問題、海洋汚染まで、さまざまな思いが果てしなく湧きあがる。

(赤々舎 4950円)

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