増田晶文(小説家)
11月×日 彼女の双眸が開き、テレビニュースに釘付けとなった。
「あれは熊だよ、熊」
せっかく教えてやったのに知らんぷり。画面に近づいて匂いをかぎ、耳をピクピク。尻尾を立てるや「ニャッ」、短く鳴くと居間から出ていった。
一体、どういう意味?
サラ・ブラウン著「ネコの言葉を科学する」(草思社 2200円)は数多い“ネコもの”の白眉といえよう。まず文章&翻訳がいい。豊富な見識に知見、抑制の効いたユーモア、ネコや読者との距離感。全章の構成も申し分ない。勝手に名著と認定。
頁を繰るごとに嗅覚、鳴き声、尻尾と耳の動き、スリスリ、視線、表情などネコの“言葉”が解き明かされていく。思わず「へえ」「そうだったのか」の声が漏れてしまう。
ネコは家畜、ペットそれとも親友、子供はたまた御主人様か。本書がネコとの関係性を見直すきっかけにもなりそう。
11月×日 晩酌はもっぱら、うまい日本酒のくせ、ナイトキャップになると海外ミステリ一辺倒。妙な按配でバランスを取っている。
先夜はJ・Lホルスト著「疑念」(小学館 1188円)。主人公はノルウェー人の警部、妻に先立たれたシニアで独居中ながら、娘とかわいい孫娘がすぐ近くに住んでいる。
本作は全てに程がよい。主人公は適度にポンコツ、捜査陣の敵役までいい人揃い。大仰に構えず、じっくり未解決事件を追う展開に魅了された。
11月×日 今宵はS・スヴァイストロフ著「チェスナットマン」(ハーパーコリンズ・ジャパン 1430円)、北欧作品が続く。2作とも異様で陰惨な事件だった。
本書が傑作なのは間違いない。だが現在形文末を連打する翻訳に閉口。デンマーク語の原作もこんなに超個性的なの?
それでも物語の推進力が凄まじい。本を閉じること能わず、引き込まれてしまった(文末を脳内修正しながら読了した)。
ネットであまねく大絶賛の本作、当今の読者は文章、文体なんて気にならないのか──そこがネコの言葉より不思議。



















