「袈裟と駅伝」黒木亮著
「袈裟と駅伝」黒木亮著
本作の主人公・大越正禅は、駅伝の強豪校、駒沢大学で陸上部の主将を務めた伝説のランナー。日本インカレや箱根駅伝で好成績を残しながら25歳で競技を断念し、僧侶になった。
北海道浦幌町にある曹洞宗の寺の長男に生まれた大越は、少年時代から僧侶になる宿命を受け入れていたが、一方で走ることに魅せられていく。自分なりに工夫した練習で力をつけ、名門・順天堂大学からスカウトの声がかかるまでになるが、住職の父親は「駆けっこでは食えない」と猛反対。父親の望み通り曹洞宗の王道である駒沢大学に入学し、仏道と競技の両立を志す。葛藤を抱えながら修行し、全力で走った孤高のランナーの半生を描いたノンフィクション。
大越が臨んだ練習や競技の詳細が、距離、タイム、順位などの数字とともに記録されている。緻密で淡々とした競技の描写から、長距離走のリアルが伝わってくる。
著者は大越と同じく北海道出身で、かつて長距離ランナーだった。大越と同時代に早稲田大学で活躍、箱根駅伝で2区を走る瀬古利彦からタスキを受けて3区を激走し、首位を守った。本作には著者自身が本名の金山雅之で登場している。ランナー同士の競い合いや友情も描かれ、走ることに捧げた青春が輝く。
大越は大学卒業と同時に、鶴見にある大本山總持寺で修行僧となった。真冬以外の起床は朝4時。食事は粥や麦飯、漬物、夕食に野菜のおかずがつく程度。日々自分を律し、日常生活のあらゆることを丁寧に行うことによって自分を磨く。座るも禅、走るもまた禅。禅の修行は長距離走に通じるものがあった。
寺を継いだ大越は、競技者として花開く可能性を秘めながら、断念せざるを得なかった。
著者はその無念に思いを馳せつつ、躍動する現役時代の大越の姿を蘇らせた。大越の誠実で真摯な生き方へのリスペクトが行間にあふれている。レースの陰にこんな人間ドラマがあったことを知ると、来年の箱根駅伝がますます面白くなりそうだ。 (ベースボール・マガジン社 2640円)



















