「ドラァグ」サイモン・ドゥーナン著 fridapeople訳

公開日: 更新日:

「ドラァグ」サイモン・ドゥーナン著 fridapeople訳

 男性の最も美しいものは女性的である (byスーザン・ソンタグ)

 ドラァグは、衣装を引きずる「Drag」が語源ともいわれ、かつては男性が娯楽として「女性の服」で着飾ること、もしくはその逆と定義されてきた。

 その歴史は古く、神話の世界の神々をはじめ、古代ローマ時代のカリグラやネロも異性装に興じたという。

 派手なドレスとメーキャップで全身を飾りたて、パフォーマンスをするドラァグクイーンを、ゲイ男性の文化ととらえている人も多いのではなかろうか。

 しかし、異性装が犯罪だった時代を経て、近年の急速なジェンダー観の変化によって、現在はシスジェンダー(生まれ持った性別と自認の性別が一致する人)や異性愛者、そして女性の間でもドラァグアーティストが人気を集めるようになり、多くのスターが生まれている。

 本書は、歴史の扉を開いたドラァグの軌跡を紹介しながら、そのクリエーティブな世界を伝えるビジュアルブック。

 ドラァグもそれぞれの嗜好や趣味、美意識によってさまざまなタイプに分かれる。

 多くの人がイメージするドラァグクイーンは、妖艶で、残酷で、サディズムのにおいがする「完璧な美しさ」の体現者ではなかろうか。

 20世紀初頭、自ら創刊した雑誌で女性ファンにファッションのヒントを授けたドラァグ界最初のメガスター、ジュリアン・エルティンをはじめ、まずは、「グラマードラァグ」と呼ばれる美しく支配的な女帝たちの系譜をたどる。

 そのひとりカーティス・ダム=ミケルセンは、本物のスーパーモデルのようなスタイルと美しさを持ち、彼(女)がマレーネ・ディートリヒにオマージュを捧げた装いのショットは、まるで当人が降臨したかのような気品に満ちている。

 著者は、観客は「ドラァグがパロディーであり芸術であることを知っているからこそ、芸術を通して最も暗く、最も不合理な女性差別的恐怖を凝視することができる」という。

 一方で、女性たちは、ドラァグの生き生きとした自己主張の強い女性らしさに喜びを感じるのだという。

 クイーンもいればもちろんキングもいる。スタンダード・オイルの相続人だったジョー・カーステアーズなど、ドラァグを通して「男らしさ」を纏った「ブッチドラァグ」と呼ばれる女性たちだ。

 以降、ドラァグを自らの創作活動に取り入れたマルセル・デュシャンや、アンディ・ウォーホルをはじめとする「アートドラァグ」、魅力とインスピレーションに満ちた「ブラックドラァグ」、そしてグラマードラァグの対極に位置する笑いをもたらす「コメディドラァグ」など、それぞれの先駆者や現在のスターたちを紹介しながら、彼、彼女たちのドラマ、そしてドラァグとして生きるとはどういうことかを伝える。

 さまざまな視点からドラァグの世界を概観し、読者の常識や心の奥深くに根づく差別意識を揺さぶる好書。

(グラフィック社 3190円)

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    世良公則氏やラサール石井氏らが“古希目前”で参院選出馬のナゼ…カネと名誉よりも大きな「ある理由」

  2. 2

    国分太一が社長「TOKIO-BA」に和牛巨額詐欺事件の跡地疑惑…東京ドーム2個分で廃墟化危機

  3. 3

    浜田省吾が吉田拓郎のバックバンド時代にやらかしたシンバル転倒事件

  4. 4

    “お荷物”佐々木朗希のマイナー落ちはド軍にとっても“好都合”の理由とは?

  5. 5

    「いま本当にすごい子役」2位 小林麻央×市川団十郎白猿の愛娘・堀越麗禾“本格女優”のポテンシャル

  1. 6

    幼稚舎ではなく中等部から慶応に入った芦田愛菜の賢すぎる選択…「マルモ」で多忙だった小学生時代

  2. 7

    「徹子の部屋」「オールナイトニッポン」に出演…三笠宮家の彬子女王が皇室史を変えたワケ

  3. 8

    TOKIO解散劇のウラでリーダー城島茂の「キナ臭い話」に再注目も真相は闇の中へ…

  4. 9

    新横綱・大の里の筆頭対抗馬は“あの力士”…過去戦績は6勝2敗、幕内の土俵で唯一勝ち越し

  5. 10

    フジテレビ系「不思議体験ファイル」で7月5日大災難説“あおり過ぎ”で視聴者から苦情殺到