「昭和20年生まれからキミたちへ」稲熊均、嶋田昭浩著/世界書院(選者:中川淳一郎)

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共通項は「非国民の子と言われた」という衝撃

「昭和20年生まれからキミたちへ」稲熊均、嶋田昭浩著/世界書院

 今年は敗戦から80年。それを受けて80年前の昭和20年(1945年)生まれの論客10人に彼らの人生を振り返ってもらう回顧録かつ、今の時代を生きる人々への提言だ。登場するのは戦後の様子、学生運動、冤罪事件、原爆、沖縄戦などである。佐高信氏による同年生まれの故人(ピーコら)5人への追悼文と、加藤登紀子氏の解説により構成される。

 登場するのは落合恵子、池澤夏樹、松島トモ子、大谷明宏、扇ひろ子、坂田明、東郷和彦、岡田尚、田辺靖雄、佐高信。特に印象深かったのが松島トモ子氏だ。元々印象としては、「ミネラル麦茶」のCMの人、ロケ中にライオンとヒョウに噛まれて負傷した人、といった印象しかなかったが、実に壮絶な戦後を過ごしていたことを明かす。

 1945年7月10日に満州に生まれ、三井物産社員の父親は松島氏の誕生する2カ月前に出征し、そのまま帰らぬ人となる。その後、日本人は帰国するわけだが、やむなく子供を手放し、その子たちの中の中国人に育てられた人々がいわゆる「中国残留孤児」になった。松島氏もその可能性があったのだという。

「母は親しくしていた中国人から赤ちゃんを売ってほしいと懇願されたそうです。相手は『帰国するまでに死んでしまう』と引かない。母は断りましたが、後年、中国残留孤児のニュースを見ると、自分はある意味無謀にも手放さなかったけれど、あの状況では現地の人に託すのも子を深く愛する親心だったはずだと言ってました」

 そして、父の死を知らされたのが1949年で、ゴルバチョフ政権下で東西の緊張が緩和した1990年にようやく母とともにソ連へ父の墓参りに行くことができた。しかも、墓を突き止める方法がすごい。父の遺品を持ち帰ってきてくれた親友が墓の場所をスケッチしており、それを基に突き止めたのだという。

 このようなエピソードが並ぶが、昭和20年に生まれたことの意味について、佐高信氏は「非国民の子」と言われたと語る。その真意はこうだ。

「つまり、父親が戦争に行かなかったということ。だから皮肉っぽく非国民の子だって言っている。非国民という言葉をマイナスイメージでとらえさせないようにと」

 昭和20年生まれより若い団塊の世代の父親は戦争から戻ってきた男という捉え方をされていたのだという。

 このように、興味深く80年の記憶をたどるが、登場する論者はリベラル系のみ。ガチガチの右翼や成り金、アスリートなどの話もあってよかったのでは。 ★★半

(文中一部敬称略)

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