「現代『ますように』考」井上真史著
「現代『ますように』考」井上真史著
現代の日本人の多くは無宗教で信仰心がないとよくいわれる。しかし各地の神社には数多くの絵馬が奉納され、さまざまな願い事が祈願されている。そこに共通するのは「〇〇しますように」という文言だ。「〇〇してください」という直接的な言葉から一歩引いた感じのこの言葉こそ日本人の信仰心を端的に表しているのではないか。本書には、日本国内の民間信仰の現場を訪ね歩き、そこで見つけた多様な「ますように」が紹介されている。
ここでいう民間信仰とは、中心となる教祖や組織が不在で体系立った教義がない「宗教ぽい」何かのこと。たとえば、飼っていた猫がいなくなったときに「まつとし聞かば今かえりこむ」という和歌を書くと戻ってくるという俗信がある。著者が発見したのは長野県上諏訪駅前のコンビニ。そこには迷い猫のチラシとともにこの和歌が書かれていて、この俗信が生きていることを確認。東京・高円寺の気象神社は下駄の形をした絵馬に天候に関する願い事を書くことで有名だが、大事な日の晴天願いや気象予報士の合格祈願などに交じって「〇〇ちゃんが脱雨女しますように!!」といった意味深(?)な願いも。
そのほか、いなくなった人を呼び戻す、あるいは呪うために境内のご神木にその人の履物を打ち付けるという俗信があり、今でもクロックスのサンダルなどが打ち付けられている。佐賀県の造り酒屋には、代々伝わっている河童のミイラ(!)が祭られ、いつからか子宝祈願の信仰が付着して、祭壇に置かれた箱には子宝祈願をした参拝者の御礼の手紙がどっさり入っているという。
日頃の鬱憤をあらわにした生々しいもの、怨念の凄まじさに身を引きたくなるおそろしいもの、思わずニヤッと笑ってしまうかわいらしいものなど、願いと呪いが背中合わせになった「ますように」は、今後も変容を遂げながら日本人の信仰を支えていくのだろう。 〈狸〉
(淡交社 1650円)