第2話:全部なくなっちゃったよ…
弊社に商品提供を行う時計の輸入業者は複数あるが、今回の状況を踏まえ瀬上氏が適任と思え、彼とコンタクトを取ることにした。
瀬上氏は主に欧州圏から輸入するのみならず、国内にも多岐に渡るネットワークがあり、かなりの確度で要望に応えてくれる。
「528ジークロですね」
我々の業界では略してこのように呼ぶ。
「そう。何とかなりますか?」
「ボクが何とか出来なかったこと、ありますか?」
「大体なんとかして頂いていますもんね」
「これはイケる、と思いますよ。少しお待ちください。入荷分も含めてお調べいたします」
何かアテでもあるのか? 期待をしつつ電話を切る。
ほどなくして瀬上氏から連絡が入る。
「明日の入荷分にありますね。ドイツで買い付けた分ですが、飛行機が落ちなければ明日入荷します」
「何時着の便?」
「14時頃ですね。通関まで終えて弊社に入荷するのが、そうですねぇ17~18時頃ですかね」
「分かりました。お客様にご案内してみます」
再度、安西氏に連絡し瀬上氏からの情報をそのまま伝えると、
「有難いねぇ、何時に受け取れるかなぁ?」
「海外からの入荷分ですので何とも言えないですね。店舗にお越し頂けますか?」
「いやぁ、用事が多くて足を運べんのだわ。せっかくだからお互い挨拶も兼ねて、俺は社長から手渡しで受け取りたいなぁ」
(俺に持って来いってか⁈)
「お客様は神様」なので商品を手運びで届けることはやぶさかではない。
実際に電話での問い合わせを受けて懇意となり、この人は面白そうだ、会っておきたいな、と思う場合には喜んで馳せ参じる。
長年の経験の蓄積から、お客様の語り口、内容をもとに、その属性、資質をプロファイリングする習慣が身に付いている。
その精度は当たらずとも遠からず、という確度だと思う。
結論として、安西氏に関しては
「一定の距離を保ち、なるべく面識は作らない方が良い。もしも会う場合には弊社の店内に限る」
という結論に達している。
「まっ、いずれに致しましても、弊社への入荷状況、入荷時刻次第なので、それが見えてきてからのご相談でよろしいでしょうか?」
「わーったよぉ、じゃあ、連絡待ってるよぉ」
「かしこまりました。では、こちらからの連絡をお待ち下さいませ」
翌日の14時過ぎに瀬上氏から連絡が入った。
「今、成田に来ているんですけど、とりあえず商品が入国しました」
「何時頃受け取れそう?」
「そうですねぇ、通関次第ですね。あとは成田からどれくらいかかるか、なんですけど17時ってとこですかね」
「分かりました。お客様にそれをお伝えしますね」
安西氏にその旨を伝えると、
「どこで会う?」
「いやぁ、私は社内に残り、安西さんに無事に商品をお届けすべく各所と連携を取らなくてはならないので……お会いしたいのはヤマヤマなんですが、安西さんに商品をお届けすることが最優先なので別の者に行かせます」
と、理由を付けて逃げる。
「なんだぁ……会えないのかぁ……」
と渋っている感もあるが
「安西さんがデイトナ金無垢ダイヤでバッチリ決めての韓国上陸が最も重要ですから」
「そーだよな、そーだよな、分かった、分かったよぉ。それじゃあ、こっちも部下を行かせるよ」
「わかりました。どなたでしょうか?」
「直下の黒木。いかついやつだよ。ところでいくらになる?」
「税込みで241万5千円になります」
「細けぇなぁ……240万にならん?」
端数切りを言われることを最初から予測していたのだが
「うーん、この1万5千円が大きいのですが……分かりました! やりましょう!」
「気持ちいいねぇ。分かった、キャッシュ持って行くから」
「えっ? お現金でございますか?」
「マズいか?」
「いやぁ……可能であれば先にお振込みを頂き、ご納品のみであればサクッと済むかと思いまして……」
「今日の今日の振り込みはなぁ……」
(こっちは今日の今日、納品するんだよ!)
これも想定内なので承諾する。
以前にやはり同じようなケースで「商品を買いたい、現金で渡したい」、という問い合わせがあり、待ち合わせ場所にスタッフを向かわせるも、相手が現れなかった、という経験がある。
しかも今回は安西氏の依頼に従い先に商品を仕入れるのである。
現場に相手が来なかったら? それは予定外の在庫を抱えることになる。
116528Gは人気商品なので在庫になったとて、いずれ売れるだろうが、想定外の在庫は極力回避したい。
安西氏とのやり取りにおいて、それはないと思うが、キャッシュを確実に回収出来るか? という別の種類の懸念もほんの少し頭を擡げる。
安西氏は小岩の喫茶店を指定してきた。
「待ち合わせは何時がいい?」
「非常に流動的なのですが、18時はいかがでしょうか?」
オフィスに鮫島が在社していた。
PCに向かい何やら入力している。
「鮫島、夕方に納品に行く時間ある?」
「俺、一人で行くんですか?」
「なんで?」
「なんでって、ちょっとヤバい相手じゃないですか?」
「ヤバいか?」
私と安西氏のやり取りが何となく耳から入っていたであろう鮫島は、
「ヤバいでしょ」
と、きっぱりと言い切った。
鮫島はがっちりとした体躯の上、上背もあるので、どんな相手が現れるにしろ、見劣りはしないはずだ。
鮫島が一人で行きたがらないようなので私が運転手となり、鮫島を社用車の後部座席に乗せ現場に向かうことにした。
さしずめ、今日の私は鮫島のショーファー、といったところか。
余分な時間を軽減するために、瀬上氏には成田で商品をピックアップ後、現場近くに直接向かってもらい、そこで受け取る段取りとした。