著者のコラム一覧
ショーファー佐野作家

ケネディ暗殺の翌年である1965年、アメリカ合衆国テキサス州ダラスに生まれる。早稲田大学理工学部を卒業後、有名総合商社に勤務するも、早々に退職。輸入時計販売業を始める。一期一会を噛みしめながら、一本、一本丹念に販売実績を積み上げてきた。輸入時計を通じて広げた人脈には成り上がり、強者もいれば、化け物もいる。猛者たちとの対峙が己の人生を形作ってきたと考え、本書「高級時計 千夜一夜物語」を書き下ろした。

第2話:全部なくなっちゃったよ…

公開日: 更新日:

 待ち合わせ場所の大手家電量販店の駐車場に行くも、瀬上氏はまだ来ていなかった。
 電話を入れると
「もう商品は私の手元にあるのですが、高速で大きな事故が発生し遅れております」
 とのことである。
 ミラー越しの後部座席にはダブルブレストのスーツで決めている鮫島が見えるが少し緊張の面持ちである。
「待たせちゃうかも、ですね」
「仕方ないだろ、昨日突然電話してきて、今日収めろ、なんて言ってるんだから」
「それはそうですが……」
「なんだぁ? ビビってるのか?」
 指摘されたくないところを突かれたことが不本意だったのか、
「全然、全くです、モーマンタイです」
 と強がったような表情を浮かべた。
 伝えた18時を過ぎてしまいそうなので、安西氏に一度電話を入れる。
「大丈夫だよぉ」と快諾してくれた。

 さらに十数分過ぎた頃か、携帯が鳴り
「瀬上です、そろそろ到着します」
 と、その声に遅れること数十秒、ゴールドのマセラティ・クワトロポルテが駐車場に滑り込んできた。
「あれ、まさか瀬上さんですかね?」
 鮫島が後部座席から身を乗り出す。
「かなぁ?」
「だってこの前はアストンでウチに来ていたじゃないですか」
 と、鮫島が言葉を発すると同時くらいにマセラティがピタッとその黄金のボディを寄せて来た。
 ウィンドウが下がり、瀬上氏が不自然なほど真っ白い歯を見せて笑った。
「ちょっと、待ってて」
 と私は鮫島を車に残し、ゴールドのボディ、スタイリッシュな内装の車の助手席に移った。
「これまた、凄い車で来ましたなぁ、これゼニアとのコラボの限定モデルじゃん。瀬上さん、いったい車、何台持ってるの?」
「いえいえ、とんでもございません。佐野さんにこうやってご注文を頂けるおかげです。御社に支えて頂いてのボクがあります」
「そういうの、いいから、モノ見せてよ」
 ダッシュボードの中から116528Gを取り出し、
「検品は済んでおります。どうぞ、ご確認ください」
「動作は?」
「成田で時刻合わせし、ここまで短時間ですが、寸分の誤差もございません」
「小傷は?」
「皆無です」
「オッケー。有難う」
 私は車に戻り、安西氏の指定する小岩の喫茶店に向かった。
 後部座席では精密機器取り扱い用のマイクロファイバー手袋をはめた鮫島がROLEXのゴールドの艶めかしい光沢を放つデイトナを、傷等の最終チェックも兼ね、あらゆる角度から眺めている。
「この時計はいつ見てもキレイですね。ちょっとイカついけど」
「そうだな。人を選ぶよな。安西さんがどんな雰囲気の人か想像が付くよ」

 18時から遅れること20分ほどで指定された喫茶店に到着した。
 昭和の純喫茶のような雰囲気を醸し出す店前に、純白のセルシオが悠然と止まっていた。
「やっぱり、俺、一人で行った方がいいですかね?」
「なんで、いまさら? そりゃそうでしょ」
「なんかあったら、すぐに来てくださいよ」
「なんもねーよ」
「あったらです」
「分かったよ」
 私は殊更機敏な動きで運転席から表に出て、後部座席のドアを開け、主を見送るショーファーよろしく、
「どうぞ、行ってらっしゃいませ」
 と、鮫島に一礼した。
 束の間、戸惑ったような表情を浮かべた鮫島だったが、気を取り直したように背筋を伸ばし純喫茶に歩みを進めていった。
「紙幣計数機も持っているか?」
 背中に声を放つ。
「大丈夫です。アタッシェケースに入っております。抜かりはないです」
 振り向かずに鮫島は右手を上げた。

 非常に長く感じられたが、実際には15分も経っていなかった。
 鮫島が店外に出てくる。
 後方には見えぬよう、胸の前でこちらに向けて親指を立てている。
 無時、取引完了のようだ。
 私は車外に出て、見送り時と同様に後部扉を開け、
「お疲れ様でございました!」
「もう、いいっすよ。そういうの」
「どうだった」
「お叱りを受けました」
「なんで?」
「あんた、人を待たしちゃいけねぇよ、って」
「いやいや、遅れるって、伝えたじゃん」
「そうなんですけど、灰皿に吸い殻がテンコ盛りでした。あんな山盛り、初めて見ましたよ。18時に我々が持ってくるのが当然だ、という感じでした」
 我々の車は純喫茶から死角になるような場所に停車していたのだが、
「あれが安西さんの手下、黒木です」
 鮫島が店先を指さす。
 視線の先に190cmを越えようかという上から下まで純白の大男を捉えた。
 体つきは引き締まっていて、顔つきも昭和の映画俳優のようだ。
 サングラスをかけているので表情まで見て取れない。レイバンのゴールドの金属フレームに漆黒のレンズが嵌っている。
「真っ白じゃねぇか。しかも靴まで白のエナメルだぞ」
「でも、真っ黒でした」
「マジか?」
「いえ、憶測です」
「憶測は良くないなぁ……鮫島ちゃーん。で、代金は?」
「もちろん、無時回収です」
「じゃあ、真っ白じゃん」

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