「沈没船は知っている」デイヴィッド・ギビンズ著 桐谷知未訳

公開日: 更新日:

「沈没船は知っている」デイヴィッド・ギビンズ著 桐谷知未訳

 著者は世界屈指の海洋考古学者。自分で海に潜り、沈没船探索を行ってきた。本作の巻頭にはカラーページがあって、海中で遺物のアンフォラ(容器)を手に持ったり、大砲に触れたりする著者の写真が掲載されている。しかし、本作は単なる沈没船探検記ではない。海底の遺跡から世界史を俯瞰する壮大なノンフィクション作品だ。

 著者が取り上げている沈没船は12隻。先史時代の航洋船に始まって、古代ギリシャの貿易船、ビザンティン帝国の教会船、ヘンリー8世の旗艦、18世紀の奴隷貿易船、最後は第2次世界大戦中にUボートに撃沈されたイギリス船で終わる。時代順に登場する沈没船の半数以上は、著者自身が発掘や潜水にかかわった現場だという。

 かつて沈没船の発見者は、なまこを探す地元のダイバーや海綿採りの漁師などで、研究者ではなかった。だが、アクアラングや水陸両用カメラなどダイビング装備の進歩によって、海洋考古学は急速に進展する。幼少期から沈没船とダイビングに夢中だった著者は、15歳でダイバーの資格を取り、ケンブリッジ大学で学び、海洋考古学者になった。研究者が自分の目で見て触れた沈没船は、人類の歴史を記録していた。

 船の構造や素材、積み荷の種類、航路、当時の世界勢力図。沈没船は地上に残っている文献や資料を裏付ける証拠に満ちていた。収集された遺物はさまざまなことを物語る。例えば、錆びた手術道具からは外科医が乗船していたことが分かるし、治療法も推察できる。遺骨の脇の私物から死者の名前や地位が分かることもある。

 航海は常に死と隣り合わせ。多くの死者が出た沈没船に近づくと、海底に死者たちの最期の感情が焼き付いているようで、「興奮と同時に戦慄を覚えた」と著者は書いている。

 海の難所で昆布に巻かれながら沈没船を探す著者の姿は、インディ・ジョーンズさながら。読者が決して見られない海の遺跡の数々を自ら案内してくれる。ワクワクしながら博士の解説に耳を傾けていると、大スケールの世界史が見えてくるのだ。

(河出書房新社 3190円)

【連載】ノンフィクションが面白い

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • BOOKSのアクセスランキング

  1. 1

    「最後の幕臣 小栗忠順 挫けども、折れず」増田晶文氏 非業の運命をたどった“ラスト・サムライ”の生涯を描いた1冊

  2. 2

    「芝浦屠場千夜一夜」山脇史子氏

  3. 3

    「人手不足」なのに仕事探しに四苦八苦「年金だけじゃ生活できない!『定年バイト』奮戦記」林山翔平著

  4. 4

    「新しい戦中」に突き進んでいかないためにはどうしたらいいのか──「一寸先は闇」五木寛之、佐藤優著

  5. 5

    タイムトラベル専門書店 utouto(板橋・志村坂上)古い門をくぐった先に現れる築110年の蔵を改装した店舗

  1. 6

    失敗にめげずニコニコの精神が成長の原動力に「発達障害の私だからこそ、成功できた」似鳥昭雄著/祥伝社(選者:稲垣えみ子)

  2. 7

    茨木のり子にいわさきちひろ…それぞれの生き方を貫いた女性たちが建てた家「女性が建てた家と間取り」田中厚子、松下希和著

  3. 8

    竹内薫(サイエンス作家)鈴木光司さん、またいつか宇宙と時空の神秘を語り合おう

  4. 9

    状況が変わってきた自転車をめぐる混乱を研究者が解説「『自転車』はどこに向かうのか」疋田智著

  5. 10

    「異境」のフロイト像を描きながら精神分析の歴史をたどっていく「異境のフロイト」上尾真道著

もっと見る

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    佐野勇斗は書道六段で英語も堪能 愛知県立岡崎西高校から明治学院大英文学科へ

  2. 2

    巨人・橋上秀樹監督代行とは何者か…原辰徳氏には干され、阿部監督が心酔した“野村ID野球”の継承者

  3. 3

    ゾンビたばこ羽月隆太郎「共犯者暴露」の大きすぎる波紋…広島・新井監督の進退問題にまで飛び火か

  4. 4

    最重鎮OB廣岡達朗氏が巨人を一刀両断「野村克也の教え子がシーズン終了まで代行なんて冗談じゃない」

  5. 5

    絶好調!巨人・阿部慎之助を支える最強あげまんグラドル小泉麻耶

  1. 6

    バレーSVリーグに現役選手から不満爆発!《ハテナがつく事ばかり》の現状招いた真犯人

  2. 7

    (1)阿部監督の暴行事件は巨人にとって“渡りに船”だったか…異様に早い「解任判断」の裏側

  3. 8

    広島羽月 お立ち台で見せた初々しい“坊主頭”の意外な理由

  4. 9

    (2)阿部監督「長女の手紙」で潮目一変…巨人が“事件矮小化”を手引きしたのか

  5. 10

    (3)巨人の次期監督は誰か…松井秀喜氏、桑田真澄氏より“現実味”帯びる原辰徳氏の4度目登板