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平野悠「ロフト」創業者

1944年8月10日、東京都生まれ。71年の「烏山ロフト」を皮切りに西荻、荻窪、下北沢、新宿にロフトをオープン。95年に世界初のトークライブ「ロフトプラスワン」を創設した。6月、ピースボート世界一周航海で経験した「身も心も焦がすような恋」(平野氏)を描いた「セルロイドの海」(世界書院)を刊行。作家デビューを果たした。

弾き語りのハマショーに関心寄せる音楽関係者はいなかった

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 1979年3月、「新宿ロフト」のブッキングを見ると最終日の31日、こう書いてある。「村下孝蔵(from広島)/浜田省吾」。53年2月28日生まれの村下さん。52年12月29日生まれのハマショー(68)。同学年の2人には、大御所の吉田拓郎さん(74)たちが立ち上げた「広島フォーク村」で活動していた、売れなくてライブで客が集まらない――という共通項があった。早世した村下さん(99年に46歳で死去)がメジャーになるのは83年に「初恋」をリリースしてから。ハマショーは76年にソロに転向する前は「愛奴」というバンドの一員として活動していた。

  ◇  ◇  ◇

 広島フォーク村の仲間たちと73年に結成した「愛奴」でハマショーはドラムを叩いていた。

 当時、ドラム歴は1年にも満たなかったようだが、74年には拓郎の全国ツアーのバックバンドを務め、同年夏発売のシングル「シンシア」のB面「竜飛崎」は「愛奴が演奏した」と拓郎自身がラジオなどで語っていた。75年5月に愛奴はアルバム「愛奴」とシングル「二人の夏」でレコードデビューした。彼らは73年にオープンした「荻窪ロフト」、74年オープンの「西荻窪ロフト」のステージに立ってくれた。

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