(22)蔦重が背負って逃げた「九郎助稲荷」の謎解き

吉原にはさまざまな地図や細見などが残っている。細見とは案内のガイドブックである。17世紀のものからあるが、18世紀の享保年間に盛んになった。鱗形屋という版元が有名だが、鱗形屋の細見をもっとコンパクトにまとめたのが蔦屋重三郎である。1ページに複数の店を紹介する手法で、ページ数を減…
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