田丸昇
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田丸昇

1950年5月5日、長野県東御市生まれ。元日本将棋連盟理事。中学生で奨励会入りし、佐瀬勇次名誉九段の門下生となる。長髪から「ライオン丸」というニックネームで知られた。16年10月に現役引退。近著に「名棋士の対局に学ぶ 詰め&必死」(創元社)がある。

無冠のどん底からカムバックを果たした昭和・平成の名棋士

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 中原はその後、将棋会館に毎日のように通って熱心に研究した。以前は大河のような棋風から「自然流」と呼ばれたが、過激な攻め将棋に変貌した。そうした棋風の転換が成功し、85年に名人に復位した。

 米長邦雄(永世棋聖)は、「泥沼流」という独自の棋風を駆使し、84年には四冠王(当時は七冠)になった。しかし、86年に「無冠」になった。

 米長はその後、「18歳の三段」に戻ったと宣言した。若手棋士の佐藤康光(九段)や丸山忠久(九段)らに教えを請う気持ちで、研究会で切磋琢磨した。そして、7回目に挑戦した93年の名人戦で中原名人を破り、史上最年長の49歳で名人を獲得した。

 谷川浩司(九段)は、83年に加藤名人を破って史上最年少の21歳で名人を獲得した。92年には四冠王になった。しかし、台頭してきた若手棋士の羽生善治(九段)や郷田真隆(九段)らに敗れ、96年に無冠になった。

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