新宮市立図書館(和歌山県新宮市)信仰と文芸の町を一望できる展望デッキ
いにしえから「よみがえりの地」として人々を惹きつけた。神聖な山々を背負い、雄大な熊野灘を眼前に据える和歌山県新宮市は、熊野速玉大社を中心に信仰の地として栄えながら、文学や芸術を育んできた。
そんな同市の知の拠点が新宮市立図書館だ。2021年、複合施設「丹鶴ホール」の完成とともにその4階へ移転。歴史と文化を今に受け継ぎながら、町に新たな風を吹き込んでいる。
司書の道前さんが顔をほころばせながら言う。
「前身は老朽化で雨漏りすることもありましたが、安心してご利用いただけるようになりました。おかげさまで来館者数は旧館時代の1.5倍に増え、1日あたり平均350人ほどの方が訪れています」
大きな特徴は蔵書構成のユニークさにある。全蔵書(開架7万冊、閉架6万冊)のうち約27%を占めるのが郷土資料。全国的には1割程度が一般的とされる中で、この比率は異例とも言える。なぜこれほど充実しているのかといえば、それはひとえに、数多くの文人や芸術家を輩出してきた土地柄ゆえだ。
詩人・佐藤春夫(代表作「殉情詩集」)や、近畿大学創設に尽力した世耕弘一、童謡「鳩ぽっぽ」「お正月」でお馴染みの作詞家・東くめ、抽象画家の村井正誠……挙げれば枚挙にいとまがない。彼らの作品や関連図書に加え、熊野信仰や熊野三山をめぐる資料、ヤタガラスの伝承、方言研究など、地域の記憶を網羅的に収めているのだから、郷土資料の比率が突出して高いのもうなずける。