「逃げたら干されるぞ」若手芸人が踏み込んだ“後戻りできない”選択。大金と引き換えに失ったキャリア
世間を騒がせた「闇営業」騒動
世間を揺るがす芸能界のさまざまな噂。ニュースとして報じられ、真実が明らかになることも増えました。
現在は清浄化が行われている芸能界ですが、昔はグレーなこともたくさんあったのだとか。かつて芸能業界に近しい場所で働いていた女性が見た光景とは?
芸能界の「闇営業」という言葉が世間を騒がせたのは数年前のことだ。だが、その問題は決して突然起こったものではない。
表に出ることのない仕事、断れない依頼、そして見て見ぬふりをする空気。そこには芸人たちが置かれている厳しい現実があった。表舞台の華やかさとは裏腹に、水面下には無数のグレーゾーンが広がっていたのだ。
私の知人であるBさん(仮名・40代前半)は、かつてお笑いコンビとして活動していた。今は芸能界を離れ、一般企業に勤めているが、当時の記憶はいまも鮮明だという。
駆け出しの頃、テレビに出るチャンスは限られていた。事務所のスケジュールは先輩芸人で埋め尽くされ、若手の出番は深夜かイベントの端役ばかり。収入は雀の涙で、アルバイトを掛け持ちしながら舞台に立ち続けていた。
そんな折、事務所を通さない「営業の仕事」が舞い込む。最初は結婚式や企業イベントの余興で、ギャラは事務所経由よりも良く即金。生活に苦しむ若手にはありがたい臨時収入だった。
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「ここで逃げたら干されるぞ」
だが、ある日渡された営業先は“ワケあり”関係者のパーティ会場だった。もちろん事務所には報告できない。
先輩は「一度やったら断れなくなるけど、ここで逃げたら干されるぞ」と耳打ちした。Bさんは心がざわついたが、当時は立場が弱すぎた。
「正直、不安でした。でも断ったらもうチャンスは来ない。だから行くしかなかった」
会場は煌びやかなホテルの一室。男たちが威圧感を放ち、笑い声はなく「芸人が来て当然」という空気。
ネタを披露しながら、Bさんは「自分は今どこに立っているのか」と自問した。
仕事なのか、取引なのか
ギャラは封筒で手渡された。アルバイト数カ月に相当する大金だったが、喜びよりも後味の悪さが勝った。
その後も依頼は続いた。断る勇気はなかった。業界では「呼ばれて行かない=不義理」という暗黙のルールがあり、信頼を失うことは死活問題だった。
Bさんは「これは仕事なのか、それとも取引なのか」と葛藤しながらネタを披露し続けた。
広く報じられた「闇営業」問題
やがて事務所が“闇営業問題”に揺れる時期が訪れる。報じられるたび胸は締めつけられ、「あれは自分のことでもある」と思った。
過去の依頼が表沙汰になるのではと怯えた夜もあった。結局、30代前半で芸人を辞めた。
「笑いで人を幸せにするはずが、いつの間にか後ろめたさばかりが残った」からだ。
引退後、Bさんは普通の会社員となり、収入も精神も安定した。それでも芸人時代を思い出すと複雑な感情に襲われる。
ときに夢を追った日々が誇りに変わることもあれば、後悔に胸を締めつけられることもあるのだという。
「芸人にとって舞台は夢でした。でも裏側では“選択肢がない”という現実があった。断れば干される、受ければ後悔する。その板挟みの中で若手は苦しんでいた」
「笑い」に隠された業界のゆがみ
芸能界は華やかに見える。しかし裏には「笑い」とはかけ離れた現実がある。Bさんの話を聞くと、それは単なるスキャンダルではなく業界の歪みそのものだと感じる。
「営業に行く芸人を責める人もいる。でも責められるべきは“断れない仕組み”を放置してきた側じゃないかと思います」
Bさんの言葉は重い。彼のように去った人の声が届くことは少ない。だが、その証言は業界に残る“闇の慣習”を照らす記録だ。
「笑いで食べていきたい」という純粋な思いが、時に危うい世界へと芸人を導いてしまう。夢と現実の狭間で選ばされた選択は、私たちが想像する以上に苦しい。
表舞台で拍手を浴びる芸人たちの裏側に、こうした現実が潜んでいる。その事実を忘れてはならない。
(おがわん/ライター)