谷津矢車(作家)
9月×日 仕事が1つ終わったので、本棚の肥やしになっていた阿川弘之著「あひる飛びなさい」(筑摩書房 946円)を読む。戦後描写の圧倒的リアリティーに打ち震えるとともに、戦争の焼け跡から観光業、飛行機事業でもって戦後を切り拓いていった人々の悲喜こもごもに感動する。戦後まもなくの日本を舞台にした小説を書く予定があり勉強になったとともに、ああ、こういう小説を書きたいんだよなあとモチベーションが高まる。本を読むと仕事に直結させてしまうくせがわたしにはある。いけないいけない。
9月×日 2025年後期の朝ドラは小泉八雲をモデルにした「ばけばけ」である。仕事柄、朝ドラ、大河ドラマの元ネタについて説明を求められることが多い。というわけで鷹橋忍著「小泉セツと夫・八雲」(PHP研究所 957円)を手に取る。小泉八雲とその妻、セツの人生をコンパクトにまとめた1冊。セツさん、苦労人なのだなあ、このセツさんだからこそ八雲と結婚できたのだなあ、と納得。本書のおかげで小泉八雲について聞かれても問題なしと気をよくするも、しばらく人と会う予定なし。1回休み。
9月×日 今更だが、当方は歴史小説家である。仕事にかまけて同業者の小説を読んでいないのに気づき慄然とする。新進気鋭の作品を求め、住田祐著「白鷺(はくろ)立つ」(文藝春秋 1760円)を手に取る。大阿闍梨となるための行に挑む江戸期の僧を描く歴史小説。めっぽう面白い。物語構成や人物配置が明らかにスポーツ小説のそれで、比叡山のしきたりや修行を知らなくとも取っ付きやすい。しかし、いい意味でエンタメじみておらず、一定の格調が保たれ続ける。修行の持つ聖的イメージをきちんと捕まえているからだろう。本作がデビュー作の由。恐ろしい新人さんが現れよったものよ、と劇画調に呟き、妻に変な顔をされる。
寝ても覚めても歴史三昧。他人から奇異の目で見られることもあるが、この暮らしは存外に気楽である。