私が国旗損壊罪に反対する理由
筆者にとっては国旗がそれに相当する。いやいや、国旗は国から押し付けられたもので、ペンライトは自発的だと言うかもしれない。確かに違いはあるだろうが、筆者にも自発的な国旗への思いというものがある。
国旗は国や政治への抗議のために燃やされたり破られたりするものだ、との指摘もある。それはその通りだろう。しかしその論理は前提として社会において「国旗は尊重すべきもの」との価値観が共有されていなければ成り立たない。
自分たちを代表するものであり、(政府ではなく)国家そのものであり、だからこそ傷つけ否定することが強い抗議の表れとなる。では日本社会はそうした前提を広く強く共有してきたのか。ここに、政府与党が国旗損壊罪を持ち出す余地が生じる。だが「傷つけたら処罰」で敬意が養えるのか。
現状、国旗を損壊して見せる人は少ないが、仮にそれが行われたとして、「そこまでの強い怒りと覚悟があるなんて」と感じる人はごくわずかだろう。行為に及ぶものも、もてはやすものも、せいぜいが「右派への当てつけ」程度でしかないのではないか。
翻って、国旗損壊罪制定をはかる政府与党もまた「左派への当てつけ」程度の動機しかないのでは、との疑念がぬぐえないのだ。
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