「国会のマドンナ」土井たか子(3)村山富市に頼まれて口説いた「党首再登板」
「土井衆議院議長」は結局、1996年9月の衆院解散まで続いた。議長としての土井の存在感は圧倒的であった。
この時期、何かの折に私も言葉を交わす機会はあったが、じっくり話し込む機会はなかった。
■カキフライ談議
ある日、土井の右腕の五島昌子(元秘書)から電話が…
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