著者のコラム一覧
門倉健野球解説者

1973年7月29日、埼玉県入間市生まれ。聖望学園高から東北福祉大。95年に中日から2位指名。近鉄、横浜と渡り歩き、06年シーズン後にFAで巨人へ移籍。09年に大リーグ・カブスから韓国のSK、サムスン。北海道の社会人野球チーム・聖ケ丘病院硬式野球部で12年限りで現役を引退。13~15年、サムスンで一軍投手コーチ、ブルペンコーチを歴任。現在は野球解説者の傍ら、動物愛護活動なども行う。近況は「アメーバ・オフィシャルブログ」を参照。

いつも身代わりになってくれた謝りたい「先輩」捕手がいる

公開日: 更新日:

 好きだったのは横浜時代の相川亮二(現巨人)だ。3歳年下だが、ボクが弱気になると活を入れて怒ってくれる頼もしい存在。相手や状況を見ながら裏付けのあるリードをする。配球に意図があるので打たれても仕方ないと思える。ボクは全幅の信頼を寄せていた。

 思い出す、というより謝りたいのが、中日時代にバッテリーを組んだ東北福祉大の先輩でもある矢野燿大さん(現阪神作戦兼バッテリーコーチ)。ボクが打たれても、当時の星野仙一監督は決まって矢野さんを呼びつけた。

「おい矢野、何であそこに投げさせたんや! あの場面はアウトコースやろ!」

 試合中でもお構いなしに星野監督の怒声がベンチに響く。だが、たいていは矢野さんの要求通りにボクが投げ切れなかったことが原因。それでも矢野さんは「いや、門倉が……」とは言わずにかばってくれた。ボクは星野監督から最も離れたベンチの端から「やべー、先輩が怒られてる。すいません……」と心の中で謝りながら申し訳ない気持ちになっていた。

 ベンチといえば、中日時代は暗黙の了解で座る位置がだいたい決まっていた。星野監督の陣取る所から、若手→中堅→ベテランの順に離れていく。投手は一番遠い場所が定位置となっていた。しかし、当時エースの今中慎二さんだけは真ん中から監督寄りに座った。監督に怒られないから無頓着だった。ボクにプロの厳しさを教えてくれたのは、その星野監督だった。

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