鎌田大地〈前編〉「坊主にして世界に行けるんですか」という男が丸刈りで現れた日(東山高監督・福重良一)

公開日: 更新日:

「英語の勉強はすごくやっていた」の証言

 ──高校時代の鎌田選手はどのように海外を目指したんでしょうか?

「彼は自分を天才だと考えていないし、努力しないと同じ1996年生まれの井手口陽介(神戸)、奥川雅也(京都)、北川航也(清水)を越えられないという意識があったと思います。そこで特に2年、3年になるにつれて『自分の価値をどう見出すか』を模索していた。1年の時はパスに美学を持つ傾向が強かったですけど、得点を取ってスカウトを認めさせることが重要だという意識が高まったのでしょう。全体練習後にはシュート練習を精力的にこなしていましたし、リアルな現象を想定して1本、1本こだわって取り組んだ。それが2年の時の2013年高円宮杯プリンスリーグ関西の得点王、アシスト王の2冠、3年のプレミアリーグウエスト・得点ランク4位につながったんでしょう」

 ──当時は父・幹雄さんと兵庫県で同居しながら京都まで通う生活をしていたといいます。

「朝6時台に出発して7時には学校に来て朝練をこなして、夜も8時まで練習して10時頃帰宅するという生活を送っていたと思います。当時の大地は『授業中が睡眠時間や』と笑っていたけど、同級生だった僕の息子が『英語の勉強はすごくやっていた』と証言しています。成績も良くて関関同立に推薦枠で行けるくらいのレベルでしたからね」

 ──グングン成長していた鎌田選手。高校時代の挫折はありましたか?

「挫折と言うべきか分かりませんが、1年の時の高校選手権京都大会の決勝・京都橘戦で大地がゴール前で決定的なシュートを外して、全国に行けなかったことがあったんです。その翌日、本人が坊主(頭)になってグラウンドにやって来たんです。引退することになった先輩に申し訳ないという気持ちがそういう行動に表れたのかなと。その姿を目の当たりにして、高校サッカーの『みんなで戦う』『全員で頑張る』といった良い文化が大地にも根付いてきたのかなと感じて、嬉しくなったのを覚えています」(後編につづく)

(聞き手=元川悦子/サッカージャーナリスト、絹見誠司/日刊ゲンダイ)

▽鎌田大地(かまだ・だいち) 1996年8月5日生まれ、29歳。愛媛・伊予市出身。小学校卒業後は大阪・岸和田市の祖父母の家からG大阪のジュニアユースに進んだ。京都・東山高2年でプリンスリーグからプレミアへの昇格の原動力となり、卒業後に鳥栖に入団。2017年6月にドイツ・フランクフルトに完全移籍。18年にベルギーのシントトロイデンにレンタル移籍。フランクフルトから2023年8月、イタリア・ラツィオに完全移籍。翌24年7月に英プレミアのクリスタルパレスに完全移籍。フランクフルト時代に21/22年シーズン欧州ELを制覇、クリスタルパレス時代に英FA杯優勝と大舞台に強い。2019年5月に日本代表初選出。2022年カタールW杯全4試合に出場。16強入りに貢献した。身長180cm・体重70kg。
 
▽福重良一(ふくしげ・りょういち) 1971年1月30日、55歳。和歌山県出身。和歌山工業高から大阪体育大。京都紫光クラブ、京都サンガ、大塚製薬(現徳島)でプレー。現引退後は和歌山・初芝橋本高のコーチ。同高で元鳥栖監督、福岡監督の金明輝、東山高では元新潟の森俊介ら総勢20人以上のJリーガーを育てた。

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    2026夏の甲子園「優勝校はココだ!」 本紙と専門家が徹底予想、“対抗”含む5校を紹介

  2. 2

    横浜流星「BL作品興味なし」発言に滲むプロ意識 「べらぼう」後初の民放連ドラ主演で注目

  3. 3

    “DAIGOの妻”となった北川景子が「家売るオンナ」で本格復帰

  4. 4

    広島新井監督はクビ濃厚…火中の栗を拾う次期監督「本命」「対抗」「大穴」4人の名前

  5. 5

    やはり浮上した高市首相「9月退陣」シナリオ…支持率急落も反転攻勢のネタなく、不安材料ばかり目白押し

  1. 6

    小園はセーフ? 広島「矢野だけ抹消」にファン激怒! “ゾンビたばこ”騒動で不可解な線引き

  2. 7

    『バック・イン・ザ・U.S.S.R.』旧ソ連や黒人解放がインスピレーションを与えた時代

  3. 8

    佐々木朗希は今季先発見納めへ…スネル&グラスノー復帰でリリーフ転向が濃厚か

  4. 9

    永田町がザワつく自民党役員人事…裏金議員“筆頭格”の萩生田光一氏「幹事長昇格説」浮上の仰天

  5. 10

    橋本愛の“熊本お見舞いメッセージ”まで批判する声に違和感…思い出される杉良太郎「偽善でもいい」の信念