西武・栗山巧“指名秘話”を担当スカウトが明かす 「同僚からの猛反対に遭ったんです」
「他のスカウトは見てもないのに猛反対」
「3年春のセンバツ期間中に育英が上宮と練習試合をやった。たしか育英のグラウンドでした。上宮は国木(剛太=01年広島6巡目指名)という注目の左投手が投げるので全員で見に来てくれと言って、編成トップの浦田直治さんやスカウトを連れて行ったんですけど、みんな初回の1打席だけ見て帰っちゃって(苦笑)。僕がスカウトをやっていたころは、ドラフト直前の会議まで各スカウトが自分の推薦候補を隠していた。それもあって、私が栗山の名前を出すと、他のスカウトは猛反対でした。県大会のエラーで負けたイメージもあったのでしょうけど、見てもないのに反対ですから(苦笑)」
当時の西武はスカウトの多数決で指名選手を決めるケースもあった。
「僕は多数決が一番嫌だったんです。3年間見続けた僕と、担当外のスカウトが同じ1票なんですから。根本(陸夫)さんが『練習に足を運べ』と言ってたのがよくわかります。中島宏之(00年ドラフト5位)もそうですけど、練習見とったら凄いんですから。栗山に関しては最後は『絶対に活躍します』と編成責任者の浦田さんに強く言って、ゴーサインが出た。その年は自由獲得枠も含めて4人しか指名していませんが、4番目までで取ることができたんです」(同)
鈴木氏をここまで熱くさせたのは、栗山が中学時に在籍していた神戸ドラゴンズ時代から直接指導をするなど、よく知る選手だったことも大きい。
「中学の時から見ていたら、成長度合いもわかります。栗山は中学時代から練習熱心で、育英時代も休み返上でグラウンドに行ったり。ものすごく練習する子だった。それが今に生きてるんでしょう」(同)
ちなみに、この日の引退セレモニーで栗山に花束を渡したドラフト同期の中村剛也、05年ドラ1の炭谷銀仁朗、元西武の中島宏之氏は、鈴木氏が担当した選手だ。


















