大リーグで本当にあった「監督」と「アナウンサー」のトレード…翌年にはコーチ8人による“監督輪番制”
2009年のワールドシリーズMVP、ゴジラこと松井秀喜がヤンキースから事実上の戦力外となったとき、日本のファンは「なんてことを……」「ひどい」と怒りを示していたが、大リーグには想像を超えるトレード劇がごまんとある。
その中でも「監督とアナウンサーの交換」という前代未聞の出来事は出色の裏面史だった。
仕掛け人はカブスのオーナーで超ワンマンとして名高いフィリップ・リグレー(チューインガム製造業者)。1960年5月4日、チームの不振にキレた。シーズンが始まって間もないのに「監督を代える!」と、チャーリー・グリム監督(6勝11敗)のクビを切った。後任監督はルー・ブードロー。この交代劇のからくりがすごかった。
ブードローはこのときカブスの専属ラジオ局でアナウンサーをしていた男。ブードローがユニホームを着る代わりにグリムが放送席に座った。オーナーのリグレーは、局と「監督とアナウンサーのトレード」の契約を交わしたのである。
このブードローは、球史に残る野球人として知られる。複数球団でプレーイングマネジャーを務め、インディアンス時代の48年には選手としてMVP、監督としてワールドシリーズ優勝。エピソードとして有名なのは、46年7月14日のレッドソックス戦で、左打者の天才テッド・ウィリアムズを打席に迎えて、野手を右側に寄せた陣形を取ったシーンである。


















