映画「わたしの知らない子どもたち」主人公・琴子の具体的な体験に観客の目をクギ付けにする
「わたしの知らない子どもたち」
年をとると新作より昔の映画がよくなったりするのはノスタルジーのせいばかりではない。若い世代の監督が昔の日本を描くと、たいてい違和感ばかりが先に立つからだ。
先週末封切られて話題の「わたしの知らない子どもたち」の場合はどうだろう。
物語では東京大空襲で戦争孤児になった少女が、男子になりすまして過酷な世間を生き延びる。しかし戦後すぐ生まれた団塊世代でも戦争孤児の姿は直接には知らないはず。まして西川美和監督はそのジュニア世代だ。それでも前作で描いた主人公の縁をたよりに調べを進めたという。
戦争孤児の体験が当事者の口から明かされ始めたのは1980年代。やがて彼らの体験を、国家総力戦がいや応なく親も子も巻き込む構造的な暴力の産物と捉える研究やマスコミの問題提起が進んだ。しかし2010年代末になり、当事者らの「戦争孤児の会」が高齢化で活動終了するなど火が絶えかけたところで、あたかも最後の一閃のように金田茉莉「かくされてきた戦争孤児」(講談社)やNHKの番組などが相次いだのである。
本作はそこからもう一拍おいたところで登場した。
監督は歴史を俯瞰する視点をあえて最小限にとどめ、主人公・琴子の具体的な体験に観客の目をクギ付けにする。それは戦争孤児版のダンテの地獄めぐりであり、歴史書に出てくる彼らの経験をパッチワークのように縫いこんだ点ではベトナム戦争映画の「プラトーン」にも似ている。
それは史実をとことん読みこんだ自負のもとに、一人称視点の「語り」こそが“戦争を知らない子どもたち”の孫世代を自分ごとにいざなえるとの確信による選択だろう。
当事者の語りをのちの世代がいかに感得するかについての研究に土屋敦著「『戦争孤児』を生きる」(青弓社 2640円)がある。著者は監督と同世代の社会学者だ。 <生井英考>



















