八角理事長(3)痛いからとか熱が出たから休む…そんな単純な話ではないんです
すさまじい鍛え方をしてきた八角理事長。そのかいあって、どんどん、番付を上げていきます。19歳で十両、20歳で新入幕。当時のしこ名は「保志」。私は保志関の押し相撲を新入幕の時から覚えています。当時、押し相撲力士は最高位でも大関までと言われていました。22歳の昭和61(1986)年3月場所では5大関を撃破し、初優勝。この年の7月場所後に大関昇進、およそ1年後の62年5月場所後に、なんと23歳11カ月で横綱に昇進しました。しかし、翌63年の5月場所から持病の腰痛が悪化、千秋楽で休場すると以後、3場所連続で全休となりました。胸中はいかなるものだったのでしょうか。
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──休場中はきつかったでしょうね。
「それまでも腰痛はあったんです。それが横綱の時に我慢できなくなった。63年の5月場所、千秋楽の前の日です。四股を踏んでいたらギクッとなった。その夜は痛くて眠れませんでした。それで初めて休場して、その後も半年ぐらい治らなくて。もう引退だなって思っているんですけど、やるしかない。なぜかというと、15分も座っていられないんです。それじゃあ、引退しても親方にもなれないでしょう。でも、やるとまた腰が痛くなる。そこで取り組んだのが冷凍治療です」


















