「指示された素人が強盗殺人まで犯す──凶暴化する『トクリュウ』の闇を描きました」|「流砂」黒川博行氏
「流砂」黒川博行著
後妻業やオレオレ詐欺など世相を反映した犯罪小説の第一人者である著者。最新作で取り上げたのは「匿名・流動型犯罪グループ(トクリュウ)」で、その内部構造を生々しく描き出している。
「執筆のきっかけとなったのは、2023年に東京都狛江市で起きた強盗殺人事件です。闇バイトに応募した“素人”が、指示されればタタキ(強盗)までやって人を殺す。ヤクザでも、こんなことをして捕まればどんな刑に処せられるかを知っています。しかし、素人にはそんな“歯止め”すらなく、ひたすら凶暴化していくのかという驚きから、トクリュウを題材に選びました」
物語は、青木という33歳の男が闇バイトに応募するところから幕を開ける。Xに「関西 アルバイト 高額 即金」と入力して検索すると、数えきれないほどのポストがヒットする。そのひとつにテレグラムを通じてアクセスすれば、いとも簡単に“仕事”が決まる。
「真面目に働こうという意識が薄れ、金にさえなればいいという気軽な感覚で闇バイトが選択されているように思います。実行犯となる彼らも犯罪であることは分かっているが、言われた通りにバイトしただけと言えば済むと、浅はかにも思っているんでしょう」
ただし、本作の青木は末端で使い捨てにされるタマではない。過去にも特殊詐欺の「受け子」や「出し子」を行ってきたが、多額の金を保管している「指示役」を殺し死体を始末してしまえば、儲けを丸ごと横取りできると思いつく。
倫理観の麻痺した悪党同士の“共食い”の果て
「人間のクズに生きる価値はない」と、良心の呵責もなく殺人を犯していく青木の不気味さに、人間はここまで倫理観を麻痺させられるものかと呆然とさせられる。しかし、これこそが闇バイトに手を染める者たちの根底にあるものかもしれない。
「昔からプロットを立てずに物語を描いていくやり方をしています。その方が自分でも面白いし、登場人物が予想外の動きをしてくれる。作者が意図していないから、読者も驚きながら楽しんでくれるんじゃないかな」
青木と、特殊詐欺のチームを仕切る「守り役」のヤクザ、そして事件を追う警察という三者の視点が同時進行しながら、物語は進む。しかし、場面転換は実に鮮やかだ。
「映画が好きで年間200本以上は見ています。小説の中の場面転換も、映画で勉強しているところがありますね」
トクリュウという題材の特性上、登場人物の中には身分を偽り偽名を使っている者もいて、混乱の種になりそうなもの。しかし、著者が自身の作品の生命線とも言い切る、登場人物の“会話”で進める描き方により、それぞれの個性が浮き彫りになり、読者を物語に引き込んでいく。
「会話部分はリズムが大切なので、ブツブツと音読しながら描いています。だから、だいたい1時間に原稿用紙1枚しか進まない。恥ずかしいほど遅いんです(笑)」
悪党同士の“共食い”は予想外の展開で進み、物語の行方も最後まで見通せない。
「今後、この手の犯罪はより巧妙になり、素人のギャング化も進んでいくはずです。想像以上の惨状を描き終えて、日本という国が崩れていっていることを感じますね」 (新潮社 2750円)
▽黒川博行(くろかわ・ひろゆき) 1949年、愛媛県生まれ。京都市立芸術大学卒業後、大阪の高校で美術の教壇に立つ。96年「カウント・プラン」で日本推理作家協会賞を受賞。2014年「破門」で直木賞受賞。20年にミステリー文学発展への寄与により日本ミステリー文学大賞を受賞。24年「悪逆」で吉川英治文学賞を受賞する。「疫病神シリーズ」「後妻業」「連鎖」など著書多数。
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