著者のコラム一覧
北上次郎評論家

1946年、東京都生まれ。明治大学文学部卒。本名は目黒考二。76年、椎名誠を編集長に「本の雑誌」を創刊。ペンネームの北上次郎名で「冒険小説論―近代ヒーロー像100年の変遷」など著作多数。本紙でも「北上次郎のこれが面白極上本だ!」を好評連載中。趣味は競馬。

「ささやかな手記」サンドリーヌ・コレット著 加藤かおり訳

公開日: 更新日:

 山中を歩いていたら、銃を持った老人が現れ、コーヒーでも飲んでいくかと声をかけられる。石造りの家に入ると背後から頭を殴られ、そして目が覚めると、鎖につながれて監禁されていた――本書はここから始まり、悪夢のような日々が続いていく。

 語り手のテオが、妻を寝取った兄を半身不随にして刑務所で19カ月も暮らしていたこと。さらに、「正真正銘のやくざ者」で、「ギャンブル依存症のようにつねにぎりぎりのスリルを追い求め、ほどほどでやめることができない男」であることが、冒頭で明らかにされていることにも留意。つまり、テオは決して善良な男ではない。

 そういう男が銃を持った老兄弟に監禁され、奴隷として扱われ、労働力としてこき使われるのである。こんなことが、この時代に起こるわけがない、この21世紀に起こるわけがない――とテオは思うのだが、8年前から監禁されているリュックは、自分はもう先がないので、新しい奴隷として君が捕まったんだと言う。

 とてもシンプルな話といっていい。陰惨な話ではあるものの、劇的なことが起こるわけではない。さらに、結局テオは救出され、この「事件」はフランス中で話題になったと冒頭で語られているので、どうなるのかも分かっている。にもかかわらず、目を離すことはできず、一気読みは必至。フランス推理小説大賞受賞の傑作だ。(早川書房 1600円+税)

【連載】北上次郎のこれが面白極上本だ!

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    巨人が李承燁コーチ就任を発表も…OBが「チグハグ」とクビを傾げるFA松本剛獲得の矛盾

  2. 2

    農水省ゴリ押し「おこめ券」は完全失速…鈴木農相も「食料品全般に使える」とコメ高騰対策から逸脱の本末転倒

  3. 3

    TBS「ザ・ロイヤルファミリー」はロケ地巡礼も大盛り上がり

  4. 4

    維新の政権しがみつき戦略は破綻確実…定数削減を「改革のセンターピン」とイキった吉村代表ダサすぎる発言後退

  5. 5

    3度目の日本記録更新 マラソン大迫傑は目的と手段が明確で“分かりやすい”から面白い

  1. 6

    国分太一“追放”騒動…日テレが一転して平謝りのウラを読む

  2. 7

    粗品「THE W」での“爆弾発言”が物議…「1秒も面白くなかった」「レベルの低い大会だった」「間違ったお笑い」

  3. 8

    阿部巨人に大激震! 24歳の次世代正捕手候補がトレード直訴の波紋「若い時間がムダになっちゃう」と吐露

  4. 9

    「おまえになんか、値がつかないよ」編成本部長の捨て台詞でFA宣言を決意した

  5. 10

    巨人阿部監督の“育成放棄宣言”に選手とファン絶望…ベテラン偏重、補強優先はもうウンザリ