著者のコラム一覧
北上次郎評論家

1946年、東京都生まれ。明治大学文学部卒。本名は目黒考二。76年、椎名誠を編集長に「本の雑誌」を創刊。ペンネームの北上次郎名で「冒険小説論―近代ヒーロー像100年の変遷」など著作多数。本紙でも「北上次郎のこれが面白極上本だ!」を好評連載中。趣味は競馬。

「蘇我の娘の古事記」周防柳著

公開日: 更新日:

 乙巳の変から壬申の乱までを描く古代史小説だ――と書くだけでは、古代史に関心のない人はふーんと思うだけだろう。ところが、これほど面白い小説はそうあるものではない。王位継承の争いが続く動乱の時代を、生きる夢と希望と恋を、みずみずしく描く長編なのである。

 たとえば、物語のちょうど真ん中あたりに、ヤマドリとコダマの兄妹が藤原鎌足と戦うシーンがある。蘇我入鹿の亡霊が現れたかと思うと、コダマの口から吐き出された煙に乗って、身に甲冑をまとった斉明女帝が現れる。躍動感あふれるシーンで、読んでいるだけでぞくぞくしてくる。

 そうか、このシーンを真っ先に紹介すると、本書がファンタジーであるかのような誤解を与えてしまうかもしれない。違うのである。言い伝えや伝承、伝説などが随所に挿入されるとはいえ、これは徹底してリアルな物語である。にもかかわらず、この戦いが浮いていないことが素晴らしい。むしろこのシーンが挿入されることによって、物語に活気が生まれていることに留意。さらに、古事記の作者は誰か、という壮大な謎を背景にした物語でもあるので、読み始めるとやめられなくなる。超おすすめの一冊だ。

 この作者は古代史小説をもう1冊書いているが、その「逢坂の六人」(こちらは古今和歌集成立の裏側を描く長編だ)も面白いことを最後に書いておきたい。(角川春樹事務所 1700円+税)

【連載】北上次郎のこれが面白極上本だ!

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