著者のコラム一覧
本城雅人作家

1965年、神奈川県生まれ。明治学院大学卒。スポーツ新聞の記者を経て09年「ノーバディノウズ」(第1回サムライジャパン野球文学賞)でデビュー。17年「ミッドナイト・ジャーナル」で第38回吉川英治文学新人賞を受賞。著書に「紙の城」「監督の問題」など多数。

連載<1> 未明の渋谷駅を新聞束を担いで歩く

公開日: 更新日:

 暗がりの中で、笠間翔馬は刷り終えたばかりの新聞の束を、トラックの荷台へ運んでいく。荷台の上にいるドライバーが、荷崩れしないようロープで固定する。

「よし、今ので最後だ、出発しよう」

 日日スポーツ販売部の先輩・中本が太った体を左右に揺すりながら工場から出てきた。

 九月最終週の月曜日、午前二時半、この日は一般紙、スポーツ紙を含めて新聞の宅配がすべて休みとなる「新聞休刊日」だ。

 普段は一般紙しか読んでいない読者までが、この日は駅の売店でスポーツ新聞を買い求めることから、スポーツ各紙は普段の三倍ほど多く刷る。通常、搬入は社外のドライバー任せだが、休刊日に限っては、翔馬たち販売部員も手伝わなくては、すべての売店が開くまでに搬入が間に合わない。

 駅やコンビニで売る「即売」と、新聞販売店や配達員などに中間マージンを支払う「宅配」とでは利ザヤが比べものにならないほど違う。だからほぼ月に一度、一年に十回ほどあるこの休刊日は、スポーツ新聞の儲け時である。そのことは死んだ父が、他紙とは言えスポーツ新聞の元記者だった翔馬は、昔からよく知っていた。生まれた時から家には必ずスポーツ紙があった。休刊日になると父は駅まで買いに行き、自分が書いたスクープ記事を誇らしげに読んでいたこともあった。

 自分もそこに載るような選手になりたいと、翔馬もこの春まで強豪大学で野球を続けた。

 ドライバーが荷台から降りた。中本は助手席に回ったが、翔馬は両手をついて荷台へ昇った。

「どうした笠間、つめれば三人乗れるぞ」中本から言われたが、「どうせ、すぐ降りるんですからここでいいです」と返し、積まれた新聞の合間に腰を下ろした。扉が閉まると暗闇となり、インクと裁断紙の臭いがいっそう鼻についた。トラックは印刷工場を出発し、都心へと走り出す。

 アスファルトの窪みでトラックが跳ね、そのたびに尻に激痛が走る。三十分ほどして停止すると、運転席のドアが開く音がした。最初の搬入先となる渋谷駅南口に到着したようだ。

 荷台の扉も開いた。まだ暗いが少し眩しく感じる。すでに立ち上がっていた翔馬は、固定されたロープを解き、下にいた運転手に新聞の束を渡した。最後は翔馬も飛び降りて、ドライバーと中本とともに、南口のキオスクまで担いで運んだ。月曜未明三時の渋谷駅は、人気はほとんどなかった。

「おっ、うちが一番乗りだ」

 シャッターが閉まった売店の前で、中本が嬉しそうに束を置いた。翔馬は鼻白んだが、中本は気づかない。翔馬は「次行きましょう」とトラックに戻った。

 翔馬が入社するまで、休刊日は六紙が話し合って、毎月三紙ずつ交代で出していたが、今はそういうことをすると公正取引の問題になるとのことで、全紙一斉に出すようになった。おかげでスポーツ新聞社の全休日は元日の一日しかない。

 ハチ公口の売店も日日スポーツが一番乗りだった。中央通路、駅のホームのキオスクには他紙の束が二紙、三紙と置かれてあった。翔馬は積んであった他紙を横にずらしながら、各紙の一面を確認した。スポーツジャパンも東西スポーツも、日日と同じ一面だ。

〈ジェッツ首位陥落〉

 二〇〇一年のセ・リーグ首位を走っていた東都ジェッツが、残り十ゲームを切って東京セネターズに首位を明け渡したという内容だ。

 最後の宮益坂口の売店には、日日を除くすべてのスポーツ紙が揃っていた。

「これで終わりだ」中本が大きく息を吐いた。
(つづく)

【連載】連載小説「奪還」 本城雅人

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    ドジャース大谷翔平が直面する米国人の「差別的敵愾心」…米野球専門誌はMVPに選ばず

  2. 2

    巨人の“お家芸”今オフの「場当たり的補強」はフロント主導…来季もダメなら編成幹部の首が飛ぶ

  3. 3

    「えげつないことも平気で…」“悪の帝国”ドジャースの驚愕すべき強さの秘密

  4. 4

    阿部巨人V逸の責任を取るのは二岡ヘッドだけか…杉内投手チーフコーチの手腕にも疑問の声

  5. 5

    国民・玉木雄一郎代表の“不倫相手”元グラドルがSNS凍結? 観光大使を委嘱する行政担当者が「現在地」を答えた

  1. 6

    星野監督時代は「陣形」が存在、いまでは考えられない乱闘の内幕

  2. 7

    若林志穂さん「Nさん、早く捕まってください」と悲痛な叫び…直前に配信された対談動画に反応

  3. 8

    米倉涼子に降りかかった2度目の薬物疑惑…元交際相手逮捕も“尿検査シロ”で女優転身に成功した過去

  4. 9

    国民民主から維新に乗り換えた高市自民が「政治の安定」を掲げて「数合わせヤドカリ連立」を急ぐワケ

  5. 10

    今オフ日本史上最多5人がメジャー挑戦!阪神才木は“藤川監督が後押し”、西武Wエースにヤクルト村上、巨人岡本まで