「絶滅危惧 個人商店」井上理津子氏

公開日: 更新日:

「私の住まいの近く、阿佐ケ谷駅前の文房具店に、あるとき『これと同じものを下さい』と100円そこそこのボールペンを持って行ったら、店主に『もったいない。まだ使える。替え芯がある』と言われたんです。その日、私はもちろん店主のご提案に従って、60円の替え芯を購入し、とても温かい気持ちになりました。目先の利益より、お客のため、モノのため。なんと気高い商いをしてらっしゃるのだろうと感激したことが、この企画のきっかけでした」

 量販店やコンビニでは、こうはゆくまい。一朝一夕にできた店でもこうはゆくまい。そう思った著者が、外観や客あしらいからその店と通底する心意気の店に違いないと踏んだ個人商店19店を丹念に取材した。

 東京都内と横浜市内の肉屋、魚屋、豆腐屋、洋品店、花屋、本屋、銭湯、質屋、駄菓子屋など、多くが家族経営。一人で切り盛りする店もあり、タイトルにたがわず「絶滅」の危機に瀕していると察せられるところも少なくない。本書には、各店と店主のヒストリーに加え、「今」の店模様がつづられている。

「95歳のシャンソン歌手が元気はつらつに営む日暮里の佃煮屋さん、遊びに来るご近所の人たちが絶えない修理が得意な西荻窪の時計屋さん、『商売、遊ばなきゃ』と夜中に『無人販売』もする33年間無休営業の南砂町の古本屋さん……。皆さん薄利で、働き者で、正直、頭が下がることしきりでした。個人商店は、地域の人々の交流の場であり、扱う商品の専門家である商店主が地域の消費生活アドバイザーであったかも――と膨らんだ妄想は、妄想でなく、個人商店は『町の宝』だと確信しました」

 日本にスーパーマーケットという言葉が流入したのは1952~53年ごろ。大阪の「京阪スーパーマーケット」と東京・青山の「紀ノ国屋」が先駆とされる。瞬く間に全国に広がり、「流通革命」だの、大量仕入れ・大量販売だのとなっていったのは承知のとおり。以来、個人商店は、合理性や安さでは太刀打ちできず、現在に至っているわけである。ところが――。

「例えば麻布十番商店街の玩具店などは、ばっちり土地柄に合った品揃えで今も人気を博しています。1868(明治元)年の創業。古くはひな人形や五月人形を商ってきたそうです。戦後、マッカーサーの息子がプラモデルを買いによく来て、先代が丁寧に作り方を指南したんですって。マッカーサーの息子は日本を離れるとき、『親切にしてもらった』と、母親と一緒にお礼を言いに来たという秘話もありました。現在の店主は5代目。万引する子がいたら『自分が至らないからだ、ごめんね』と思うとおっしゃいました。モノだけじゃなくて、『心』も売ってらっしゃる」

 年配の店主には、戦時中に空襲に遭った記憶もある。戦後復興時にマーケット(ヤミ市)でがむしゃらに商った経験が糧になっている人もいる。それらの事情、経緯が、その店の成り立ちにじんわりとつながり、個人商店は町の歴史を背負ってきた。高度経済成長期、オイルショック、バブル崩壊などの恩恵と被害を全身で受け止め、誠実に商ってきた末の姿だと著者は言う。

「店のガイドを書いたつもりは毛頭ないのに、読んだ人から『あの魚屋は、遠くから飲食店経営者が買いに来ている』とか『あの銭湯のお湯が滑らかだから、わざわざ入りに行く』などという声をいただいています。同様に素晴らしい個人商店は、どこの町にもきっとあるはずです。身近な店に思いを馳せながら、19店の物語を読んでもらえるとうれしいですね」

 表紙ほか各店が詳細に表されたイラストも、しみじみ味わい深い。

(筑摩書房 1500円+税)

▽いのうえ・りつこ 1955年、奈良県生まれ。ノンフィクションライター。「さいごの色街 飛田」「葬送の仕事師たち」「いまどきの納骨堂」など著書多数。

【連載】著者インタビュー

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • BOOKSのアクセスランキング

  1. 1

    「最後の幕臣 小栗忠順 挫けども、折れず」増田晶文氏 非業の運命をたどった“ラスト・サムライ”の生涯を描いた1冊

  2. 2

    「芝浦屠場千夜一夜」山脇史子氏

  3. 3

    「人手不足」なのに仕事探しに四苦八苦「年金だけじゃ生活できない!『定年バイト』奮戦記」林山翔平著

  4. 4

    「新しい戦中」に突き進んでいかないためにはどうしたらいいのか──「一寸先は闇」五木寛之、佐藤優著

  5. 5

    タイムトラベル専門書店 utouto(板橋・志村坂上)古い門をくぐった先に現れる築110年の蔵を改装した店舗

  1. 6

    失敗にめげずニコニコの精神が成長の原動力に「発達障害の私だからこそ、成功できた」似鳥昭雄著/祥伝社(選者:稲垣えみ子)

  2. 7

    茨木のり子にいわさきちひろ…それぞれの生き方を貫いた女性たちが建てた家「女性が建てた家と間取り」田中厚子、松下希和著

  3. 8

    竹内薫(サイエンス作家)鈴木光司さん、またいつか宇宙と時空の神秘を語り合おう

  4. 9

    状況が変わってきた自転車をめぐる混乱を研究者が解説「『自転車』はどこに向かうのか」疋田智著

  5. 10

    「異境」のフロイト像を描きながら精神分析の歴史をたどっていく「異境のフロイト」上尾真道著

もっと見る

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    佐野勇斗は書道六段で英語も堪能 愛知県立岡崎西高校から明治学院大英文学科へ

  2. 2

    巨人・橋上秀樹監督代行とは何者か…原辰徳氏には干され、阿部監督が心酔した“野村ID野球”の継承者

  3. 3

    ゾンビたばこ羽月隆太郎「共犯者暴露」の大きすぎる波紋…広島・新井監督の進退問題にまで飛び火か

  4. 4

    最重鎮OB廣岡達朗氏が巨人を一刀両断「野村克也の教え子がシーズン終了まで代行なんて冗談じゃない」

  5. 5

    絶好調!巨人・阿部慎之助を支える最強あげまんグラドル小泉麻耶

  1. 6

    バレーSVリーグに現役選手から不満爆発!《ハテナがつく事ばかり》の現状招いた真犯人

  2. 7

    (1)阿部監督の暴行事件は巨人にとって“渡りに船”だったか…異様に早い「解任判断」の裏側

  3. 8

    広島羽月 お立ち台で見せた初々しい“坊主頭”の意外な理由

  4. 9

    (2)阿部監督「長女の手紙」で潮目一変…巨人が“事件矮小化”を手引きしたのか

  5. 10

    (3)巨人の次期監督は誰か…松井秀喜氏、桑田真澄氏より“現実味”帯びる原辰徳氏の4度目登板