「2050年のジャーナリスト」下山進著/毎日新聞出版

公開日: 更新日:

 どこよりも早く報道することを競う日本の新聞の前うち主義を批判するこの本を読みながら、城山三郎の次の発言を思い出した。

「新聞は原則として夕方まで読まないようにしているんです。読むと腹が立つことが多くて仕事の邪魔になるから」

 それだけでなく「早い情報よりも正確な情報を取るべきだ」と思うからである。「情報は、ある程度時間をおけば正しいものになっていく。スピードじゃないと思うんですよ」という城山の言葉を、情報に携わる者は何度も噛みしめるべきではないか。

 著者は「ノンフィクションもジャーナリズムも名前を与えることによって始まる」と指摘する。なによりも固有名詞から始まるのであり、そして人に還るということだろう。

 私はこの本で思いがけない人に“再会”した。「山陽新聞」解説委員の横田賢一である。

 横田は「会社側の第二組合から第一組合にわざわざ移った変わり者」であり、「部下をもたず、一人で好きなことを書いてきた記者だった」という。

 そうしたことを知らずに、私は香山リカに誘われて岡山に行き、横田と一緒に座談会をやった。岡山出身で若くして亡くなった俳人、住宅顕信について語ったのである。「鬼とは私のことか豆がまかれる」とか、「ずぶぬれて犬ころ」などの句をつくった顕信は、放浪の俳人、尾崎放哉に憧れていた。歩き遍路のブームのきっかけをつくった横田の夕刊の連載に触れながら、著者は「記者の顔が見える記事」が必要なのだと説く。

 現在は池上彰に象徴される解説全盛の世の中だが、著者は4月の時点で「はっきり言う。オリンピックは中止にすべきだ」と主張している。

 世界的に退潮を続ける週刊誌の中で、唯一、イギリスの「エコノミスト」だけが部数を伸ばし続けているという。なぜなのか?

 著者は、同誌がニュースを報道するのではなく、世の中に起こっている事象を「分析」して「解釈」し、そして「予測」するからだと考察している。もちろん、そうなのだろうが、そこに見方を含めた主張があるから、同誌は伸びているのではないか。主張は人間がする。主張を通じて人間が浮かび上がる。

「変わり者列伝」とも言えるこの本には、私の苦手な沢木耕太郎や猪瀬直樹と共に、友人の落合恵子も登場する。それぞれ、伝えることに苦闘している人たちである。 ★★★(選者・佐高信)

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    阪神・梅野がFA流出危機!チーム内外で波紋呼ぶ起用法…優勝M点灯も“蟻の一穴”になりかねないモチベーション低下

  2. 2

    梅野隆太郎は崖っぷち…阪神顧問・岡田彰布氏が指摘した「坂本誠志郎で捕手一本化」の裏側

  3. 3

    「高市早苗首相」誕生睨み復権狙い…旧安倍派幹部“オレがオレが”の露出増で主導権争いの醜悪

  4. 4

    巨人・戸郷翔征は「新妻」が不振の原因だった? FA加入の甲斐拓也と“別れて”から2連勝

  5. 5

    国民民主党「選挙違反疑惑」女性議員“首切り”カウントダウン…玉木代表ようやく「厳正処分」言及

  1. 6

    時効だから言うが…巨人は俺への「必ず1、2位で指名する」の“確約”を反故にした

  2. 7

    パナソニックHDが1万人削減へ…営業利益18%増4265億円の黒字でもリストラ急ぐ理由

  3. 8

    ドジャース大谷翔平が3年連続本塁打王と引き換えに更新しそうな「自己ワースト記録」

  4. 9

    デマと誹謗中傷で混乱続く兵庫県政…記者が斎藤元彦県知事に「職員、県議が萎縮」と異例の訴え

  5. 10

    阪神に「ポスティングで戦力外」の好循環…藤浪晋太郎&青柳晃洋が他球団流出も波風立たず