文庫で読む最新アンソロジー特集

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「文豪たちの妙な旅」山前譲編

 お盆を過ぎても酷暑が続いた今夏。夏休みも終盤の今週末は、家にいながらにして、すぐさま別世界へ連れて行ってくれる短編を楽しもう。抱腹絶倒の漏らし話から、ミステリーまで気軽に読める5作を紹介。



「文豪たちの妙な旅」山前譲編

 旅をキーワードに文豪たちの探偵小説めいた短編をまとめたアンソロジー。

 徳田秋聲の「夜航船」は、東京と千葉の館山を結ぶ房州航路の夜航での泥棒騒ぎを描いた一編。主人公の私は東京での買い出し荷物を持って、避暑に訪れている房州へ戻るため、霊岸島の発着所から船に乗り込んだ。狭い船内で老婆と2人の娘が騒いでいる。私は座る場所をつくってやり、疲れのため眠りに落ちたが、姉娘が話しかけてきた。

 するとそばにいた老婆が姉娘を叱り、そして私に「娘と口利いてくださるな」という。やがて勝山につくと、老婆たちは丁寧すぎる挨拶をして下船していった。籠の中を見ると入れてあったはずのピンがない──。

 ほか、朝鮮半島での虎狩りを描いた中島敦の「虎狩」など9編を収録。 (河出書房新社 979円)

「Jミステリー2023」光文社文庫編集部編

「Jミステリー2023」光文社文庫編集部編

 ある日、不動産屋に勤める真世に富永夫妻から連絡が入った。頼んでいた高級マンションのリフォームを白紙にしたいというのだ。戸惑う真世に妻の朝子が事情を打ち明けた。急死した息子・遥人の元妻・沙智が妊娠しており、息子の遺産である高級マンションは、来月生まれる子どもに相続権があると、沙智が主張しだしたという。

 朝子に同情した真世は、叔父で元マジシャンの武史に相談。武史は早速、調査に乗り出し、沙智に恋人がいることを突き止める。さらに、この件は遥人の妹・文香が絡んでいることも見えてきた。どうやら複雑な事情がありそうだ。(東野圭吾著「相続人を宿す女」)

 DV男の行く末を描いた近藤史恵の「老いた犬のように」や、結城真一郎、真梨幸子ら名手たちによる全編新作書き下ろし6編。 (光文社 1320円)

「本格王2023」本格ミステリ作家クラブ選・編

「本格王2023」本格ミステリ作家クラブ選・編

 今村昌弘「ある部屋にて」や道尾秀介「ハリガネムシ」など、ミステリーのプロが厳選した傑作選。時代の変化や空気を反映した読み応え十分の7作だ。

 その中の矢樹純著「血腐れ」は、ホラー色の強い一作。

 弟の伸彰と姪と甥が実家近くの河原でキャンプをするというので、姉の私が手伝うことになった。義妹の麻美は来ないらしい。テントを張り終えたとき、私は伸彰のタオルに血がついているのを見て、<あの場所>に行ったのではと恐ろしくなる。それはキャンプ場裏山にある菱田神社だ。縁切り神社でもあり、私は子供の頃、いじわるな幼馴染みの晴香との縁切りを願い、半分かなったことがあった。

 その夜、寝ていると何者かがうれしそうな声をあげながらテントの外を叩いていた。恐ろしさに意識を失った私は翌日、麻美からの電話で、伸彰が神社へ行ったことを確信。弟が呪いをかけたのは……。 (講談社 968円)

「うんこ文学」頭木弘樹編

「うんこ文学」頭木弘樹編

 誰でもうんこをするのに、下品、汚いと嫌がられる。しかし、それを見事に描ききった文学作品があるのだ。本書は漏らし経験のある編者が集めた傑作「うんこ」アンソロジー。

 トップバッターは私小説とされる尾辻克彦の小説「出口」。今まで何回も漏らしそうになりながら、持ちこたえてきた「私」は、「本当に漏らすことはないだろう」と妙な自信があった。ところが、終電を降りて家まで歩いていたある夜、腹の中で黒い渦が発生する。持ちこたえられる、と自分を励まし歩くが、気が付けば崖っぷちだ。あらゆる秘術を尽くして防衛に努めたが限界だった。ついに最初の“群衆”が出口を出ていった。私はうつむいて歩き続けた。衣服の中を群衆が駆け下りていく──。

 うんこを眺めるのが日課の佐藤春夫ほか、筒井康隆、バルザック、桂米朝らの切なくもクスリと笑える17の物語。 (筑摩書房 968円)

「北のおくりもの 北海道アンソロジー」集英社文庫編集部編

「北のおくりもの 北海道アンソロジー」集英社文庫編集部編

 渡辺淳一や原田マハら豪華作家たちが北の大地を舞台に、食や文化、自然などをつづった5つの短編と4つのエッセー。

 釧路出身の桜木紫乃が描く「本日開店」は、釧路の貧乏寺の住職の妻・幹子が主人公。自分の体を檀家に提供することでお布施をもらい、生計を立ててきた。これは嫁いだときから、先代から提案された約束事であった。ある日、幹子は檀家の一人、佐野敏夫とビジネスホテルに入った。佐野は父親から「檀家」と「女」を引き継いだばかりで、今日が初めての日だった。佐野は「まいったな」と言いながら幹子を抱いた。

 1カ月後、再び佐野に抱かれたその夜、幹子がいつものようにお布施を本尊の足元に置いておいたが、佐野のお布施はずっと置かれたままだった。夫は幹子の「快楽」に気づいたのだ。

 ほか、函館のハンバーガーチェーン店「ラッキーピエロ」についてつづった堂場瞬一のエッセーなど、旅のお供にオススメの一冊。 (集英社 748円)

【連載】ザッツエンターテインメント

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