「落語で資本論」立川談慶著/日本実業出版社

公開日: 更新日:

「落語で資本論」立川談慶著/日本実業出版社

 大学時代に「資本論」読破に3度挑戦し、3度とも敗れた私は、この40年間、資本論の解説書が出るたびに読み漁ってきた。だから、本書のタイトルを見た時に、落語の語り口で資本論を読み解く新しいタイプの解説本が出たのだと思った。ただ、私の期待はいい意味で裏切られた。

 本書は、資本論の逐条解説ではない。労働、商品、価値、貨幣、環境というマルクスが資本論で取り上げたテーマごとに、資本論をほんの少しだけ引用したうえで、著者自身の人生経験と古典落語のあらすじをもとに、経済や社会のことを語るというスタイルを取っている。だから、本書を読んで資本論全体が理解できるということには到底ならない。伝わってくるのは、著者の世界観だ。しかし、それが実に示唆に富んでいるのだ。

 著者自身が意識しているのかどうか分からないのだが、上場企業に就職し、立川談志の下で9年半にわたる前座修業をした著者の人生経験は、資本主義が抱える理不尽を物語る。一方で、江戸時代につくられた古典落語の世界に資本主義は存在しない。そこには庶民の暮らしを守るコミュニティーが存在するのだ。

 実は、私は数年以内に資本主義が行き詰まり、ポスト資本主義社会に大転換するだろうと考えている。マルクスが予言したとおり、資本主義による格差拡大と環境破壊と仕事の自律性の喪失が許容限度を超えてしまったからだ。そして、ポスト資本主義では、多くの国民が食料とエネルギーを地域内で賄うことで環境負荷を減らし、仕事の自律性を取り戻すだろうと考えてきた。ただ、私のビジョンには大きな欠落があった。人口の半分以上を占める大都市住民は、そうしたライフスタイルを取れないのだ。

 本書を読んで思ったのは、大都市住民は江戸時代の町民の暮らしに戻るのではないかということだ。狭い家に住み、生活に必要な分だけ働く。暮らし方は徹底的なエコロジーだ。それでも庶民は不幸ではない。コミュニティーの優しさが包み込んでくれるからだ。

 表現のプロフェッショナルが書いた本だから分かりやすいのはもちろんだが、未来が明確に見えてくる名著だと思う。

★★★(選者・森永卓郎)

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    NHK朝ドラ「ばけばけ」が途中から人気上昇のナゾ 暗く重く地味なストーリーなのに…

  2. 2

    ドジャース大谷翔平32歳「今がピーク説」の不穏…来季以降は一気に下降線をたどる可能性も

  3. 3

    「おまえもついて来い」星野監督は左手首骨折の俺を日本シリーズに同行させてくれた

  4. 4

    ドジャース佐々木朗希の心の瑕疵…大谷翔平が警鐘「安全に、安全にいってたら伸びるものも伸びない」

  5. 5

    巨人大ピンチ! 有原航平争奪戦は苦戦必至で投手補強「全敗」危機

  1. 6

    巨人が李承燁コーチ就任を発表も…OBが「チグハグ」とクビを傾げるFA松本剛獲得の矛盾

  2. 7

    衝撃の新事実!「公文書に佐川氏のメールはない」と財務省が赤木雅子さんに説明

  3. 8

    ドジャース首脳陣がシビアに評価する「大谷翔平の限界」…WBCから投打フル回転だと“ガス欠”確実

  4. 9

    高市首相が漫画セリフ引用し《いいから黙って全部俺に投資しろ!》 金融会合での“進撃のサナエ”に海外ドン引き

  5. 10

    日本ハムはシブチン球団から完全脱却!エスコン移転でカネも勝利もフトコロに…契約更改は大盤振る舞い連発