「イーロン・マスク」(上下)ウォルター・アイザックソン著(井口耕二訳)/文藝春秋

公開日: 更新日:

「イーロン・マスク」(上下)ウォルター・アイザックソン著(井口耕二訳)

 子ども時代、父親、学校で酷いいじめに遭い、性格に歪みが生じたイーロン・マスク氏が歴史に名を残すイノベーションをいくつも残すことになる半生を記した評伝だ。小説のような読みやすさがあるが、基本はマスク氏の語る物語を追認する構成になっている。

 興味深いのは、去年、ウクライナ軍が核戦争につながりかねない無謀な攻撃を企てた際に、マスク氏がウクライナに提供した通信衛星システム「スターリンク」をクリミア周辺から遮断したというエピソードだ。

<「これは大災厄になるかもしれません」というメッセージがマスクから届いた。2022年9月のとある金曜夕方のことだ。マスクは例によって危機波乱モードだが、このときはそうなるのも当然な理由があった。スターリンクも原因の一端となり核戦争が始まる「ささいではない可能性」がある、それほどややこしく危険な状況だった。クリミアのセバストポリに駐留するロシア海軍を奇襲しようと、爆薬を満載した無人潜水艦6隻をスターリンク経由で誘導して送ることをウクライナ軍が考えているというのだ。/ウクライナは支持するが、マスクの外交感覚は、欧州軍事史を踏まえた現実的なものだ。2014年にロシアが併合したクリミアをたたくのはあまりに向こう見ずだ。実際、クリミア攻撃は越えてはならない一線であり、核による反撃もありうると、数週間前、マスクはロシア大使に言われているのだ。マスクは私にも、ロシアの法律や考え方ならそういう反撃も十分にありうるのだと詳しく説明してくれた。/夕方から夜にかけ、マスクはみずから打開の指揮を執った。スターリンクを使ってこの攻撃が成功すれば、世界の惨事になりかねない。このような万が一に備える運用指針をひそかに定めていたので(ウクライナには知らせていない)、それに従い、クリミア海岸から100キロメートルはサービスを切れと技術者に指示。そのため、ウクライナの無人潜水艦はセバストポリのロシア艦隊に近づくとインターネット接続が切れ、岸に打ち上げられる結果となった>

 マスク氏の英断によって核戦争が防がれたのだ。本書でマスク氏は、ウクライナ現政権の持つその他のリスクについても的確に指摘している点が有益だ。 (2023年9月14日脱稿)

 評価★★★(選者・佐藤優)

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    ドジャース佐々木朗希に向けられる“疑いの目”…逃げ癖ついたロッテ時代はチーム内で信頼されず

  2. 2

    ドジャース佐々木朗希の離脱は「オオカミ少年」の自業自得…ロッテ時代から繰り返した悪癖のツケ

  3. 3

    備蓄米報道でも連日登場…スーパー「アキダイ」はなぜテレビ局から重宝される?

  4. 4

    上白石萌音・萌歌姉妹が鹿児島から上京して高校受験した実践学園の偏差値 大学はそれぞれ別へ

  5. 5

    “名門小学校”から渋幕に進んだ秀才・田中圭が東大受験をしなかったワケ 教育熱心な母の影響

  1. 6

    大阪万博“唯一の目玉”水上ショーもはや再開不能…レジオネラ菌が指針値の20倍から約50倍に!

  2. 7

    今秋ドラフト候補が女子中学生への性犯罪容疑で逮捕…プロ、アマ球界への小さくない波紋

  3. 8

    星野源「ガッキーとの夜の幸せタイム」告白で注目される“デマ騒動”&体調不良説との「因果関係」

  4. 9

    女子学院から東大文Ⅲに進んだ膳場貴子が“進振り”で医学部を目指したナゾ

  5. 10

    “貧弱”佐々木朗希は今季絶望まである…右肩痛は原因不明でお手上げ、引退に追い込まれるケースも