「空と風と時と小田和正の世界」追分日出子著

公開日: 更新日:

「空と風と時と小田和正の世界」追分日出子著

 アーティスト小田和正は、75歳を過ぎても全国ツアーを行い、あの類いまれな美声で歌い続けている。そのストイックなまでの音楽人生を記録した圧巻の人物評伝。何年にもわたる本人へのインタビューと周りの人々が語る小田和正論に加え、60曲の歌詞とツアー随行記も収録されている。

 小田和正は1947年、横浜の小田薬局の次男として生まれた。耳にする音楽のジャンルが広がっていく時代に育った。母が歌う子守歌や唱歌に始まり、隣のパチンコ屋から鳴り響く歌謡曲、ラジオから流れてくるアメリカンポップス、映画音楽、学校で歌う賛美歌。高校時代にギターを買ってもらって仲間と演奏するようになり、学校のクリスマスパーティーや学園祭で大ウケ。これぞ青春だった。

 その後、小田は東北大学工学部で建築を学んだ。建築か、音楽か。迷わなかったわけではないが、小田は高校のバンド仲間とオフコースを結成、大好きな音楽の道を選んだ。同世代の学生の多くは、学園闘争を経た後、長髪を切って就職していった。

 吉田拓郎や泉谷しげるが強い音と言葉でメッセージを発信していた時代に、オフコースは空や風や時の移ろいをやさしい歌にした。小田は透き通るような高音で「君を抱いていいの 好きになってもいいの」(「Yes-No」から)と歌った。人気が高まるにつれて、オフコースには「女々しい」という言葉がつきまとうようになる。でも、自分たちの音楽を時代に合わせる気はなかった。

「愛を止めないで」「言葉にできない」「さよなら」などのヒット曲を送り出したオフコースは、1989年に解散。ソロになってからも小田は、青い空、やさしい風を歌った。なにげなく、しかしかけがえのない日々のひとコマを歌詞にした。カッコつけてもいないし、とがってもいない。だからこそ普遍性を獲得し、時代を超えて聞き手の心にしみるのだろう。

 たくさんのファンとスタッフに支えられた小田和正の音楽人生はこれからも続く。続いてほしいと願う。

(文藝春秋 3190円)

【連載】ノンフィクションが面白い

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    日本は強い国か…「障害者年金」を半分に減額とは

  2. 2

    SBI新生銀が「貯金量107兆円」のJAグループマネーにリーチ…農林中金と資本提携し再上場へ

  3. 3

    巨人が李承燁コーチ就任を発表も…OBが「チグハグ」とクビを傾げるFA松本剛獲得の矛盾

  4. 4

    「おこめ券」でJAはボロ儲け? 国民から「いらない!」とブーイングでも鈴木農相が執着するワケ

  5. 5

    NHK朝ドラ「ばけばけ」が途中から人気上昇のナゾ 暗く重く地味なストーリーなのに…

  1. 6

    侍Jで加速する「チーム大谷」…国内組で浮上する“後方支援”要員の投打ベテラン

  2. 7

    石破前首相も参戦で「おこめ券」批判拡大…届くのは春以降、米価下落ならありがたみゼロ

  3. 8

    阿部巨人に大激震! 24歳の次世代正捕手候補がトレード直訴の波紋「若い時間がムダになっちゃう」と吐露

  4. 9

    ドジャース首脳陣がシビアに評価する「大谷翔平の限界」…WBCから投打フル回転だと“ガス欠”確実

  5. 10

    高市政権の物価高対策「自治体が自由に使える=丸投げ」に大ブーイング…ネットでも「おこめ券はいらない!」