「美術泥棒」マイケル・フィンケル著 古屋美登里訳

公開日: 更新日:

「美術泥棒」マイケル・フィンケル著 古屋美登里訳

 お洒落な服装の若いカップルが来館者に紛れ込み、警備員がいなくなるわずかな隙を狙って素早くお目当ての美術品を盗み出す。職人技の道具は1本のスイス・アーミー・ナイフ。

 男の名はステファヌ・ブライトヴィーザー、見張り役を引き受けている恋人はアンヌ=カトリーヌ。フランスのアルザスに住む2人は、スイスやドイツ、オランダに車で出かけては、地方の美術館やオークション会場から絵画、彫刻、古い生活用品を盗み出す。それをコートの裏やバッグの中に隠すと、決して慌てず、静かに立ち去る。盗んだ美術品を金に換えたことはない。男の実家の屋根裏部屋に展示する。

 このユニークな美術泥棒を追ったノンフィクションの作者はアメリカのジャーナリスト。ブライトヴィーザー本人をはじめ、関係者や心理学者、美術捜査官らに取材して、手口や心理、美術窃盗の現実を詳細に描いている。

「芸術はぼくの麻薬なんだ」とブライトヴィーザーは言う。彼の心を揺さぶるのは主に16、17世紀の北ヨーロッパでつくられた美術品。有名な作家である必要はない。美術館から作品を解放するという身勝手な言い分で、盗みを続けている。

 警察にはつかまらないという根拠のない自信を持っていたが1997年、25歳のとき、大胆な犯行が画廊の職員に見つかり、最初の逮捕。息子に寛大な母のおかげで釈放されたが、4年後、2度目の逮捕。そのとき、秘密の屋根裏部屋には250点、総額3000億円ともいわれる美術品コレクションがあった。だが、ブライトヴィーザーが青春をかけて盗んだ美術品群には、悲惨な末路が待っていた……。

 彼の常軌を逸した行動は、激し過ぎる美への憧憬と表裏一体。犯罪者への安易な共感はいましめるとしても、よくできた泥棒映画のように面白い。

(亜紀書房 2860円)

【連載】ノンフィクションが面白い

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    高画質は必要ない? 民放各社が撤退検討と報じられた「BS4K」はなぜ失敗したのですか?

  2. 2

    「二股不倫」永野芽郁の“第3の男”か? 坂口健太郎の業界評…さらに「別の男」が出てくる可能性は

  3. 3

    気温50度の灼熱キャンプなのに「寒い」…中村武志さんは「死ぬかもしれん」と言った 

  4. 4

    U18日本代表がパナマ撃破で決勝進出!やっぱり横浜高はスゴかった

  5. 5

    坂口健太郎に永野芽郁との「過去の交際」発覚…“好感度俳優”イメージダウン避けられず

  1. 6

    大手家電量販店の創業家がトップに君臨する功罪…ビック、ノジマに続きヨドバシも下請法違反

  2. 7

    板野友美からますます遠ざかる“野球選手の良妻”イメージ…豪華自宅とセレブ妻ぶり猛烈アピール

  3. 8

    日本ハム・レイエスはどれだけ打っても「メジャー復帰絶望」のワケ

  4. 9

    広陵暴力問題の闇…名門大学の推薦取り消し相次ぎ、中井監督の母校・大商大が「落ち穂拾い」

  5. 10

    自民党総裁選の“本命”小泉進次郎氏に「不出馬説」が流れた背景