(4)彼女、去年スクープされたんです
午前三時前の六本木通りを歩く。首都東京の国道二四六号線は、眠ることを忘れた車たちが今日も右に左に走っている。庄子と林檎は、歩いた。
「珍しいじゃねえか、その恰好」
庄子は林檎が着ている黒いパンツスーツと、白いカットソー姿を揶揄して言った。普段林檎は、動きやすい恰好をしているからだ。
「呼び出しを聞いて、これはすぐに特別捜査本部が置かれると思いまして。警視庁捜査一課のお偉方も来るでしょうから、一応」
庄子は薄く笑った。と、
「え? 似合ってません?」と林檎が笑う。
こういった繊細な機微がわかるところも、庄子が彼女を評価している要因のひとつだった。呼び出しで気が慌てるなか、先を見越せる視線。普段はよく笑う明るい刑事だが、つとめて冷静な部分を持っている。これは刑事にとって、重要なことだ。
「どう思うよ、あの殺し方」
「まあ、凄惨ですよね。普通に考えれば恨みを持った人間の犯行ですけど、わからないですね」
「わからないって?」
「どこか遺体も特徴的でしたし。それに被害者の矢島紗矢は有名人ですから。令和の現代は社会に不満を持った、すこしおかしな輩もいますし」
「だな」
庄子は林檎の答えに満足した。凡庸な刑事であれば、現場の状況を安易に判断して「恨みの線」に固執してしまうが、林檎はきちんとすべての側面に目をむけている。林檎を呼び出してよかった、庄子は心中で思った。
「被害者のご家族には?」
「署から伝えているだろ。彼女は通常ならこのあとに生放送がある。当然東都テレビにはうちから連絡を入れているはずだ。家族にも連絡しないわけにはいかん」
「ですよね」
「このあと大変なのはマスコミ対応だ。まず東都テレビが数時間後の生放送で、彼女が出演できない理由をどう話すか……だが、事が事だ。おそらく局も正式には発表しないだろう。当然警察としても初動捜査の内容までは触れさせたくない。だからいまマスコミに勘づかれるのは避けたい。まずはうちに張り付いてる番記者どもだ」
「はい」
「矢島紗矢の経歴ってわかるか?」
「確か青城大学を卒業したお嬢様、という触れ込みだったと思います」
「触れ込み?」
「ええ。見た目の可愛らしさもあって、入社一年目からすぐに人気が出たんです。雰囲気も服装もいかにも清純派というイメージで、男性の方にそれは人気があって」
「なにか含むね」
林檎は顔だけを庄子にむけた。
「彼女、去年スクープされたんです。永山渉と付き合っているのではないかって」
「永山渉って……あの永山か」
「ええ」
(つづく)