「帝国陸軍 デモクラシーとの相剋」高杉洋平著/中公新書(選者:佐藤優)
なぜ組織は変質するのか、よくわかる
「帝国陸軍 デモクラシーとの相剋」高杉洋平著/中公新書
旧大日本帝国陸軍(以下、陸軍と記す)の組織文化の変容について分析した好著だ。
昭和改元(1926年)前後の陸軍は、将校が大学卒の召集兵にフランス語を教える、野球チームやラグビーチームを作ってスポーツを楽しむなど和気藹々とした雰囲気を持っていた。それが日中戦争、太平洋戦争の頃には、科学と人命を軽視し、いびりやいじめが横行するような組織に変質してしまった。
髙杉洋平氏はその遠因が大正デモクラシーの影響が陸軍に深く浸透したことにあるとする。高等教育が国民に普及するにつれて、軍人の社会的地位が相対的に低下した。しかし、天皇を守る特別の任務を担っているとする軍人は独自のエリート意識を強化していった。
<そして大正デモクラシー期を通じて、軍人の自己変革の努力に世間一般が「正当」な評価で答えなかったとき、または答えなかったと軍人が認識したとき、沈殿した優越感や蔑視感情は激しいルサンチマンとなって一挙に噴出することになる。/一般に、人は自らの期待や努力が正当に認められないときに、強い徒労感と憤激を感じるだろう。そして「軍人は国民から不当に差別されている」という「軍隊内常識」は、民間人に対する感情を長く規定していくことになる。この後、太平洋戦争初期の「“勝った勝った”の絶頂期ですら、彼らは被害者意識の固まりであった」(山本『存亡の条件』)。/ここに、軍人自身がある種の「階級闘争」的社会認識に自己を投影し始めたことが読み取れるのである。不況による軍学校の志願者増加によって、改革インセンティブが低下したこととも相まって、これは改革の意欲を大きく損なわせるものであったろう>
この記述が評者には現在の外務省と二重写しになる。30年前と比較して日本の外交官の外国語力は明らかに低下している。任国の歴史や政治・経済情勢に関する知識も到底専門家と言える水準に達していない人がほとんどだ。それであるが故に根拠のないプライドだけが高まっている。外務省が唯我独尊体質を高めれば高めるほど、日本の国益が毀損されるという悲喜劇的状況が生じているのだ。 ★★★
(2025年7月25日脱稿)