仮釈放中の男と1匹の犬との奇妙な絆を描いた快作

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「ブラックドッグ」

 巨大な画面でも見劣りしない映画をつくれる。そういう国は必ず映画産業全体に勢いがある。それを実感するのが今週末封切りの「ブラックドッグ」、最初のショットから観客の心をさらう快作である。

 冒頭、画面いっぱいに映し出される荒野。ゆっくりとカメラが右手に首を振る。風に舞う葉むら。と思ったとたん、いきなり野犬の群れが音を立てて画面にあふれ、その勢いにのまれた駅馬車が遠景の向こうでドン! と転倒する。いや、よく見るとそれは古ぼけたマイクロバスで、ぞろぞろと這い出てきたのは東洋人たち。ん? 不法移民を描いたアメリカ映画かなと思ったらこれが中国映画なのだ。

 監督はグァン・フー(管虎)。中国第6世代映画人のひとりで、数年前には上海事変下の抗日中国軍を描く愛国映画で大ヒットをとばした。つまり娯楽大作も作家的な物語もこなす両刀遣いなのだが、どちらもシネマスコープという画面の縦横比が1:2.35のワイドスクリーンを使っている。いま日本の映画監督で、このスペクタクルな画面をこんな話で使いこなせる人物はいるだろうか。

 はずみでケンカ相手を殺してしまったもう若くはない男が仮釈放中に1匹の犬と心を通わせる。昔なら高倉健がやりたがったような話を、香港や台湾やフランスの人材をも巻き込みながら、往年のハリウッド西部劇が裸足で逃げ出すような絵作りまで実現させる。ロケ地はゴビ砂漠だそうだが、いやはや中国映画界の馬力は舌を巻く域だ。

 閻連科はグァン監督より一回り年上の中国作家で、大物ながら発禁処分の作品も多数という異色の存在。「年月日」(白水社 1870円)は旱魃の大地で盲目の愛犬と暮らす老人の、どこかラテンアメリカ文学を思わせる胆力ある物語。寓話ならではの魔法のような語りの力は明らかに今回の映画にも通ずるだろう。

 〈生井英考〉

【連載】シネマの本棚

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