人の世の愚かさとはかなさが胸に迫る

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「木の上の軍隊」

 毎年夏になると昔は風物詩みたいに戦争映画が公開されたものだが、戦争映画は金がかかる。中身にかかわらずセットやロケ撮影をケチると見た目がちゃちになるから、反戦のメッセージをよりよく届けるにも徹底して、リアルに破壊を描かないといけないというジレンマに陥るのだ。

 しかし、そんな常識を巧みに裏切るのが今月末封切りの「木の上の軍隊」だ。

 1945年4月、地元住民を含む悲惨な総力戦となった沖縄の伊江島。米軍との戦闘で残ったのは将校の「上官殿」と地元志願兵の「新兵」だけ。ふたりは生い茂るガジュマルの木の上に逃れ、水も食料も尽きてなお上官は徹底抗戦を叫ぶが、実は知らぬまに敗戦の日は過ぎていた……。

 原案は井上ひさし。新聞に載った実話をもとに戯曲を構想したがまとまらず、肺がんで死去するまぎわまで資料を読んでいたという。その後、若手劇作家が構想を引き継いで初演を実現させた。その映画化が本作である。

 上官役の堤真一、新兵役の山田裕貴ともに舞台の経験はあるが、平一紘監督は地元沖縄の学生映画出身で舞台との接点なし。けれど「映画は8割が脚本」といわれるとおり、本作の骨格は舞台劇ならではの密度にある。監督も映画化にあたって小細工に走らず、おかげで貧弱なロケセットでも井上ひさしらしい哀切なメルヘンが実現した。戦争のリアリズムとはまったく異なる次元で、人の世の愚かさとはかなさが胸に迫るのだ。

 それにしても改めて思うのは、島民を巻き込んで米軍との絶望的な消耗戦に引きずり込んだ旧軍の愚昧。

 齋藤達志著「完全版 沖縄戦」(中央公論新社 3960円)は陸自出身で防衛研究所勤務の戦史家が大本営、陸海軍、沖縄防衛の第32師団のあいだに絶望的な齟齬があったことを指摘する。失望と怒りのため息が出る戦後80年だ。 <生井英考>


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