「デモクラシーのいろは」森絵都氏

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「デモクラシーのいろは」森絵都著

「民主主義」という大テーマが、長編エンタメ小説になった。600ページを超す大作なのだが、愉快で、痛快で、ハートウオーミング。

「終戦直後のカオスの時代に興味を持って、いろいろな資料を読んでいるうちに、民主主義が浮かび上がってきました。それまで軍国主義だった日本が民主主義を迎え入れる。日本人にとって大きな分岐点でした。その民主主義を柱にした人間ドラマを面白く書けたらいいなと思ったんです」

 時は1946年秋。日本の民主化を急ぐGHQ民政局は、非公式な実験を企てる。東京・下落合にある子爵夫人の邸宅に4人の若い女性を寄宿させ、半年の間“民主主義のレッスン”を受けさせるというものだ。

 いやいや教師役を引き受けたのはGHQの通訳でロサンゼルス生まれの日系2世、リュウ・サクラギ。ここからリュウと20歳前後の4人の日本女性のシリアスでコミカルなドラマが始まる。

「彼女たちは出自も学歴も違っていて、個性豊かです。特に、どんな戦争を体験したのかがとても重要だったので、書き始める前に一人一人の背景をかなり掘り下げました」

 没落華族の娘でクールな才女、美央子。かつては軍国少女だった純朴な孝子。夫は戦地で行方不明なのにお洒落で天真爛漫な吉乃。パンパンガールの仲間入りをして生き延びてきた無口なヤエ。異質な4人はてんでんバラバラで、授業中に真面目にノートをとっているのは孝子だけ。美央子は冷たく押し黙り、吉乃は手鏡の中の自分に見入り、ヤエは机に突っ伏して昼寝。おまけに、賑やかでタフな熟女、子爵夫人が何かとしゃしゃり出てきて邪魔をする。

 胸も胃も痛むリュウは、レッスン内容を見直し、自由研究やディベートを取り入れるなど、彼女たちに生きた民主主義を体験させようと孤軍奮闘する。だが実のところ、アメリカ市民のリュウにもわからない。民主主義って何なのか。

「リュウの悩みは私の悩みでもありました。民主主義って、とらえどころがなくて、これが民主主義だという答えはありません。民主主義のいろいろな要素を、彼女たちの物語の中に溶け込ませて示そうと考えました」

 例えば、リュウのこんな言葉が彼女たちに刺さる。〈民主主義の基本は、君たちが、自分自身で考えた物語を生きることです〉。国から世間から強いられた物語を生きるしかなかった4人の心に、民主主義の小さな種がまかれる。種はリュウが思いもしなかった形で芽を出し、ミステリー含みのある企みが育っていく。

「民主主義を柱にしてはいますが、この小説はファンタジーなんです。戦争で家族や家を失い、つらい目に遭ってきた彼女たちには幸せになってほしかったし、ある種の仕返しをさせてあげたいという思いもありました」

 物語は波乱に次ぐ波乱の展開。彼女たちはなんとたくましく、したたかなのだろう!

 読者を思い切り楽しませながら、本作は問いかけてくる。戦後の日本に、民主主義は本当に根付いたのだろうか? (KADOKAWA 2310円)

▽森絵都(もり・えと) 1968年東京都生まれ。91年「リズム」で講談社児童文学新人賞を受賞しデビュー。その後、「宇宙のみなしご」で野間児童文芸新人賞、「カラフル」で産経児童出版文化賞、「DIVE!!」で小学館児童出版文化賞を受賞。2006年「風に舞いあがるビニールシート」で直木賞受賞。

【連載】著者インタビュー

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